邂逅の時は、意外にも近くに転がっている。【3】 ― 待って、今すぐ行くから! ― 走っていく、急いで行くから! ― だから!・・・ パチッという効果音が似合うほど、 一瞬にして覚醒した意識の余韻を少しの間ボーッと受け続けた。 (こわ、かった・・) どんなに走っても急いでも、絶対に追いつけない。 距離が縮まらない、むしろ刻々と離れていく。彼との距離が。 夢見が悪かったことなんて、(特に小さい頃は)何度もあったし、 もっと「恐怖」って感じの悪夢も何度も見たはずなのに。 「千昭」 なんでだろう。 今のはほんとに恐かった。 正夢、だったから余計に。 千昭の世界へこの時代のものを。 あの絵を残そうと決めてから、それはもう必死で全力疾走してきたつもりだったのに。 功介に特訓してもらい、2年の夏休みも図書館にこもり、・・・・ (千昭のくせに、あたしの努力が足りないっての?) 「・・馬鹿千昭。」 気がついたら1年が過ぎてた。 何でこんなに早く時間は過ぎるんだろ、千昭の未来へはなかなか繋がらないのに。 じわりと、視界が滲むのを無視してベッドから跳ね起きた。 「うーんっ、やっぱ朝はいいなぁー!」 まだ夏休みとはいえ、3年にもなるとさすがに勉強漬けの毎日。 去年はまだ、功介と彼女さん達とで野球やる余裕もあったけど、 今年の入ってからは数えるほどしかやってない。 「様になってきてたのにな、野球。」 2人のキャッチボールが、3人でようやく守備ができ、6人でプチ野球になると思ったのに。 自転車はまたブレーキの調子が悪そうだったので、乗ってきていない。 あの日から、あたしは自分でも驚くほど慎重になった(と思う)。 「・・にしても、ほんっとにいい天気!」 空は青くて、蝉の声は早朝ってこともあって静かだし、空気もからっとしてさわやかだし。 まさに夏。 夏、真っ盛り。 (なんか今日、良いことありそう!) なにせ早起きできたし(夢の話は無視して)、天気は良いし、夏だし、夏休みだし。 (単純結構、功介になんと言われようと今日は良いことがあるのよ!) 夏は好き。 それで全て片づけられるって素敵だ。 新緑が並木道に鮮やかな影を落としてゆく。 すれ違う人もまばらで、こんなに早く起きたことなんてほとんどなかったから、 いつも見てるはずの風景も、すごく新鮮だ。 去年。 夏休み前に未来へ帰った千昭はこの不思議な世界には出会えていない。 きっと千昭もあたしと同じく、物珍しげな顔でこの道を歩いていったよね。 あいつの表情が目に浮かぶ。 「・・って、千昭は全部初めてだったっけ。」 野球も蝉も。 この夏の空も、カンカン照りの太陽も。 最初、そんなこと全然知らなかったあたしや功介は、 どんな大都会、もしくは外国から来たんだって、聞いたりした。 (あ、功介は今でも知らないか・・) 留学するから学校やめる、なんて。 もうちょっとましな理由くらい、考えつかなかったのか。 最後まで余裕の表情、崩さなかったくせに。 (・・・・・・・) 「あ〜っ!やめた!しんみりなんてあたしには合わないのよ。」 (別のこと考えよっ。) っていっても思いつくのは赤髪男の記憶だけだけど。 「だいたい何!?1年以上経つのに連絡の一つも寄越さないって。」 周りに誰もいないのをいいことに、思い切り悪態をつく。 しゃべればそれだけ後で沈むことは分かってるけど。 「薄情者めー、帰ってきたら絶対文句言ってやるんだから。 功介と一緒にこってり絞ってやるから覚悟しなさい。 それからプリンもアイスもパンもみーんな奢らせて、それから・・・・」 刹那、突風に目の前が真っ白になった。 慌てて目を擦り、正面を見る。 (・・・気のせい、じゃ、なかった。) 見た瞬間わかった。 昨日カーブミラーに映った人がいる、校門前に。 朝陽で今度は姿がはっきり見える。 ちょうど向かい合う形で、相手は地面に目を落としている。 彼、だった。 |