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邂逅の時は、意外にも近くに転がっている。【2】



湯気のように、このチクリと痛む想いも蕩けて失くしてしまえたら ―― 。

蜃気楼のように、泡沫のように、気づいたら消えているような。

そんな恋だったら、よかったのに ―― ・・・・




「あー!気持ちぃーー!!」

うーん、と大きく伸びをする。
やっぱり蒸し暑い夏には、温めのお風呂だと思う。
日中野球でかいた汗をきれいさっぱり流して、ゆっくりとリラックス。最高の贅沢だ。

「はぁーーっ」

あったかい。
浴槽いっぱいに注がれたお湯は、完璧な包容力で全身を包み込む。
この至福の時間は、まるで世界中で最も安全で優しい場所がここなんだ、
と訳の分からない錯覚を引き起こさせる。

「錯覚でもいいけどねぇー」

気持ちよければなんでも。
功介には単純と言われるけど、人間やっぱり本能にしたがうのが一番よ。


もくもくと、天井に昇り続ける湯気。
後から後から、絶え間なくうまれてくる。それを何となく見ていた。

「・・千昭、どうしてるかなぁ。」

呟いた途端、危うい均衡の上に浮いてた体が一気にお湯の中に沈み込んだ。
やばっ、と思った時にはもう遅くて。

「むっ、う、があ!ふ・・・・ぷはっ!」

(あ、危なかった・・)

最近こんな事ばっかりな気がする。





ボスンッ

勢いよくベッドに飛び込んだ。

(千昭の、未来。・・・・今、かぁ)

少なくとも、あたしや功介の世界とはかけ離れてることは確か。

『空がこんなに広いなんて初めて知った、』
『川が地面を流れてるところを初めて見た』

それはどんな世界なんだろう。



(・・・全然わかんないよ、千昭。)

あいつがどんな風に此処を見てたのか。

「・・・ あたしは、千昭にはどう見えてた?」

今まで考えた事もなかったけど、
一応、恋を知ってしまった乙女としては大いに気になる事ではある。


あの日の約束を、わたしはきっと忘れないだろう。
一生かかっても忘れる事の出来ない場所にしまわれている、大切なもの。

千昭は『待ってる』と言ってくれた。
それは、大泣きしてたあたしを元気づける口実だったかもしれない。
けど信じる者は救われるって言うし、現にあたしはその言葉に希望を持ってるから。
ほんと自分でも単純だなぁ、と思う。

(やっぱり功介の言ってる事、当たってるなぁ。)


あたしは間宮千昭を忘れない。一生。
相手が遥かな未来であたし達の事を過去にしてしまっても。(事実ほんとの過去だし)

「やばっ、あたしとしたことが、悲観的。」

つらつらと、割と埒のあかない事を考えていたせいか、
10時過ぎだっていうのにもうまぶたが重くなってきた。




(千昭・・・・)

あんたにこの世界の人達は、あたしはどう映ってたの?

遅刻して学校行って野球してメール打って笑って怒って泣いて。
騒々しいやつ、って思ってた?変わった女子、それとも・・。

「・・・言ってくれなきゃ、分かるわけ、ないじゃん。・・千昭の馬鹿。」

自分が鈍いだなんて、そんなこと。
今年の夏に初めて知ったんだから。


重力で徐々に下がるまぶたを、わざわざ持ち上げることはもうできなかった。


date:2007/08/02   by 蔡岐

【photo by ,十八回目の夏