*







夢なら醒めて


「ふう……」

息を吐いて、寝台に倒れ込む。
本邸と装飾のちがう天上には、まだ慣れない。

「疲れた、かな……」

独り言がやけに大きく聞こえる。
この部屋にも、懐かしいと思うものはわずかしかない。

(やっぱり、隠し通せなかった)

昼間の二人の驚愕を思い出す。
悪い事をしてしまった、と思った。
彼らのあんな顔は、たぶん自分は見たくなかったのだ。
せめてありのまま伝えておく方が、まだよかったのかもしれない、とも思った。

私が記憶をなくしたらしい日の翌日にも、すでに背は縮み続けていた。
最初は感覚が混乱していたが、それでも、記憶より高い目線に違和感はなかった。

心より、体はずっと正直だ。
国王や、吏部侍郎だという側近の話を聞いても、なお半信半疑だった事を、 「記憶喪失である」という事実を受け入れざるを得なくする程度には。


(明日、出仕してどう言おう)

二人は、縮み続ける体をどう思うだろう。
ようやっと、ぎこちないながらも表面を取り繕えてきていた李侍郎は……。
彼の努力を、今回の事でまた台無しにしてしまった。
朝廷のことなど憶えていないけれど……、
そこそこ居心地のよかったあの場所を、また自分は潰してしまったのだろうか。

これ以上ないほど目を見開いて、こちらを凝視する彼につらいと思った。
執務中になるだけ私と目を合わせないようにしている。
王から彼が天才的な方向感覚の持ち主、まあつまり方向音痴、 だと漏れ聞いてからは、できるだけ回廊で拾うようにはしていた。
おかげで、事務的なやりとりはそつなくしてくれるようになったが。

「どうしようか、」

このままでは、むしろ私より李侍郎の方が心労で倒れてしまうかも知れない。
それくらい彼の自分を見る顔は青い。

(どうすればもっと気を遣わず接してもらえるのかな)

ふと、考えた内容に思わず笑ってしまった。
おかしい、自分が他人の機嫌を窺うなんて、おかしすぎる。

「ははは……」

淋しく響く音は、結局誰にも拾われず、夜に吸い込まれていった。
風に乗り流れてゆく雲に月は薄く覆われ、地上に届く光は少ない。

こういう時、前の私ならどうしたのだろう。
彼らのいう「藍楸瑛」なら、李絳攸に何を言うべきかわかるのだろうか。
自分は、そんなに気の利く方ではないのだけれど……。

「疲れた、」

主上や李侍郎と接する事も、自分の機微を隠す事も、
自分が誰なのか悩む事も……。
そして、未だ変化し続ける自分の肉体。
どこまでゆけば終わりなのか、行き着く先はどこなのか……。

貴陽の別邸は、今の藍楸瑛をすっぽりと包み込んではくれない。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

  

date:2008/05/11   by 蔡岐

青い嘘 , "夢なら醒めて(有り得ないなんてない) " …『夢五夜』より】