海溝を渡る舟師のように。【2】 遠くで彼が呼んでいる、 何よりも誰よりも会いたくて、願って止まなかった人が・・・・。 「真琴っ!!」 「えっ」 耳元で呼ばれた名前に、勢いよく顔を上げた。 「・・何、千昭。」 「何、じゃねぇー。何度呼んだと思ってんだよっ。」 「え?」 しまった、完全に自分の世界に入ってた。 目の前では、千昭が不機嫌そうに頬杖をついていた。 「あ、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてて。」 「・・・ったく。」 やばっ、めちゃめちゃ機嫌悪い。 「ええっと、それで何の話だっけ?」 「・・・・・」 じとぉーっとした目で睨まれた。 ううっ、そんなに怒らなくてもいいじゃない。あたしが悪かったけど・・・・。 「はぁー、もういい。」 「・・・ごめんなさい。」 まったく聞いていなかった。 こっちとしてはそれどころじゃなかったのだ。 あの、あの千昭が戻ってきてくれて、今目の前にいるんだから。 「いいって、別に怒ってねぇーよ。」 「嘘」 「嘘じゃねぇーって、・・・こーすけのやつ、遅ぇーなぁ。」 ほら、やっぱり怒ってる。 千昭があからさまに話題を変える時は、たいてい言いたくなかったり怒ってたりする時だ。 「千昭」 「ん?・・・どうしたよ。」 不機嫌の延長戦のようにあたしを見た千昭は、目を丸くして、姿勢を正した。 真剣だった。 きっと、眉間に皺が寄ってると思う。 「どうして、・・・帰ってきたの?」 「どうしてって、ここに居たかったから。」 「でもっ!」 いったんは帰ったじゃない!と言いそうになって、慌てて口を噤む。 違う、そんなことがいいたいわけじゃなかった。 「簡単に、来れる訳、じゃないよね?」 「・・・・・・。」 案の定、黙った千昭。 そのくらい、考えるのが苦手なあたしにだってわかった。 功介と果穂ちゃんの運命を変えるためにタイムリープした千昭。 過去の人間に、未来を、タイムリープについて話すことは禁止されている、と。 そう言ったのも、千昭。 そして何にも言わずに、姿を消した。 「あたしはよくわかんないけど、・・その、大丈夫なの?」 聞きたかった、どうしても。聞いて置かなきゃならなかったこと。 じゃないと、素直に喜べない。 千昭に会いたくて会いたくて、やっと会えて。 それでまたお別れなんて、そんなことは絶対ヤダ。 それなら最初から再会しない方が良かった、そんなことまで考えちゃいそうだった。 「・・・だいじょうぶ、」 ぽつりと、千昭が言った。 「ほんとに?」 「ほんとに。あっちでの落とし前はきっちりつけてきたから。」 「ほんとに?ホントにホントに大丈夫なのっ!?」 「だから、だいじょーぶだって!」 しつこいあたしに千昭がファミレスの中だっていうのに大声で言い返してきた。 「・・・・・そっか。」 その途端、急に力が抜けた。 ぽすんと椅子に深くもたれ掛かった。 「おい、真琴?」 「なんか力抜けたぁー」 「はあ?」 訳が分かりません、という顔の千昭。 じいーと凝視していると、だんだん腹の底から笑いが込み上げてきた。 いいのかもしれない、そんなに深く考えなくても。 時には、ありのまま。 一時的にでもなんでも、彼が帰ってきてくれたのだったら。 元々、小難しく頭を使うなんてあたしには似合わない。 「おいっ、人の顔見て笑うなよっ!」 「だって、・・あ、だめ。あははははははっ!!」 「ちくしょー、」 千昭は完全にふて腐れてしまった。 「おーい、真琴!千昭!」 声に反応して窓の外を見ると、功介がよぉ、と軽く手を挙げていた。 「こーすけっ、遅っせーぞっ!」 「悪ぃーわるっ、ってなんで真琴のやつ爆笑してんだ?」 「しるかっ!」 「あははははははっ!!!」 笑うあたし、不機嫌な千昭、呆れ気味な功介。 1年前と同じでちがう3人。 それでも。 きっと、考えてることは同じはずだから。 もう一度、手を繋いで歩き出そうと思った。 |