海溝を渡る舟師のように。【1】


″会いたい″

それだけを純粋に願っていた頃が懐かしい。
あたしは今、彼とどう接していいのか迷っている。




「真琴ー!」

夏休み。
夏期講習帰りの教室に、幼なじみの声が響きわたる。
はっ、と顔を上げたその遙か向こうの廊下に小さい影が見えた。

「功介!」

慌てて駆け寄る。

「何やってるんだ、早く行くぞっ!」

「えっ、どこへ?」

「おまぇ!ナイター行くって昨日話してただろ。」

「へっ?き、聞いてないって!そんなのいつの間に…」

「ずっと目の前で言ってたろーがっ。…そういや、ぼけっとしてたな。」

「……言ってた気がする、少し。」

「少しじゃねーよ! 早く来い、千昭待ってっぞっ!」

″千昭″
その単語におもわず身構えた。

「行くの、今から!?」

「当たり前だろ、ほーら早く用意。」

(やだぁ、今日は寝坊して所どころ跳ねてるのに。)

学校では全然気にならないのに千昭に会うとなると、途端に焦ってしまう。

高3になって夏が来て。
千昭は再びあたし達の時代へきた。

未だにその辺りの事情は訊けてない。
会ったときはとにかく嬉しくて、泣いて泣いて肝心な事は全部うやむやだから、 きっと今日のナイターはそのためのお膳立てなんだと思う。
ちなみに、千昭が現代に来て今日でちょうど一週間になる。

「あっ〜!」

(そういや、功介にまだ何にも言ってなかった)

「怒って、る?」

かもしれない。
あたしも理由が分かんなかったから、ややこしいとこは省いて、 かなり無理のある説明をしたような…。

「どうしよ、」

千昭だけじゃなくって浩介にも顔合わせずらい。 (功介には5日間会いっぱなしだけど)

無情にも、こういう時の時間は猛スピードで過ぎてゆく。 




「真琴」

「千昭……」

「なんだよ、嫌そうな顔しやがって。」

「別に、してないよ。」

日が傾いてきた。
西日の光の中でみる千昭の髪は不自然なほど綺麗で。
まだナイターには余裕の時間帯。
待ち合わせよりかなり早く着いちゃったのは、あたしの焦りの表れみたいだ。

(っつーか、千昭も早過ぎだって。)

何でもう待ってるんだろう。
高2の遅刻組二人して一時間前到着。
色んな気まずさが相まってどんどん会いにくくなっていく。
一年間何より望んだやつがそこにいるのに。

(何してんのよ〜あたし!)

「ねえ千昭、」

「あそこの喫茶で待ってようぜ?功介はまだ来ねぇーだろ。」

「…うん、」

date:2007/08/14   by 蔡岐

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