くるくる回る 明日も明後日もその次も 回って回って 欠けて満ちて そして―――― 今は。今も。これからも 「やあ絳攸、おはよう。早速だけれど、さきほどから右へ行き左へ行きどうしたんだい?」 「…………」 「早く執務室へ行かないと主上が府庫へ逃避行してしまうかもしれないよ?」 にこにこと薄ら笑いを顔面に貼り付けた楸瑛に、ぷちりと何から切れた。 「ええいっ、黙れ!万年常春頭馬鹿男!!お前いつから見てたっ!?」 「いやだな、君の事なら始終私は気にかけているよ、何せ――」 「あ゛ぁーっ、気色悪いことを言うなっ!」 こんな男の相手などしていられるか! きびすを返し、主上がトンズラ扱かないうちに執務室へ急ぐ。 「絳攸、そっちは今来たところだよ」 「……っ!!」 「主上はこっちだよ」 楸瑛が指さしたのはこいつがやってきた方向だった。 睨め付けながら楸瑛の方へ歩いてゆく。 にやにや笑いが余計に癇に障る。 無言で横を通り抜けようとした時、楸瑛に腕を捕まれた。 「何をっ――」 「ん?折角だからね、一緒に行こう。絳攸」 「はっ!?」 そういうと、楸瑛は俺の返事など聞く耳持たずにすたすたと歩く。 暴れてみても、試しに藍色の衣を引っ掻くようにしてみても駄目だった。 「君も往生際が悪いね、絳攸」 「よくて溜まるかっ!ああっいい加減離せ!!」 「嫌だよ、ようやく見つけたのだからね」 言って、さわやかに(俺にしてたら気色悪いことこの上なく)笑って問答無用で俺を執務室へと引っ張る。 翌朝、府庫で目を覚ました俺を眺めていた楸瑛は、15日前の藍楸瑛だった。 『楸瑛』のことを何一つ憶えていないらしいこいつは、いつもの調子でいつの間にか仕事に復帰し、 いつの間にか元の場所を取り戻してしまった。 主上との密談の結果、空白の時間のことは楸瑛には伏せておくこととして、 俺達は当たり前だった日常に戻っていった。 「ねぇ、絳攸」 「ん?なんだ――」 名を呼ぼうとした瞬間、唇に温い何かが触れた。 ふんわりと当たっただけのそれはすぐに無くなり、冷たくなった唇が少し寂しい。 「って、…は?」 「ふふ。さ、早く行こうか、急がないと主上が臍を曲げてしまうよ」 「な、ちょっと待て楸瑛!い、今のは……あ゛あ゛ぁ゛ーーっ!!!」 雄叫びを上げる俺に、楸瑛は心底楽しそうに声を上げて笑った。 主上が夕刻に城に戻り、李侍郎もさきほど紅邸に帰っていった。 藍邸は途端にガランと物寂しくなった。 限りなく細い月は笑っているようだった。 水に沈んでゆく夢を見る 夢かもしれないし、もしかしたらこれも『藍楸瑛』の記憶なのかもしれない どこまでもどこまでも、底の見えない美しい水溜まりが体を包み込む 取り込まれてしまうのだ そしてとけ込んで二度と分離できない場所まで引きずり込まれてしまう その事を、悲しいとは思わない 苦しいのは、悔しいのは……ただあの人に会えなくなること 私を通り彼を見る瞳であったとしても、二度と私だけがあの人に会うことは叶わないのだろう 沈んでゆく、どこまでも貪欲に私を取り込むのは、かつての私で今を生きる私で―― 明日で最期だと、言えば惜しんでくれただろうか 否、と心のどこかへ入り込んだ水が言う 無くなる私も同意する ――ならば、せめて彼にはわたさないと決意する 解けゆく私、けれど望月がもたらした悪戯が見せた、かの人だけは決して渡さない その意思に私は笑う 水面の上にある月は刻々と欠けてゆく 月も笑っているのだと知ると、余計に笑いがこみ上げた 「 」 最後の口をついて出た言葉はなんだったのか 最期に唇にのせたい名は、果たして誰の名だったのか 水は完全に私を包む ゆらゆらと反射した月影が音もなく消えていった
お読みくださりありがとうございます。 少し区切りが悪いかもしれませんが、「くるりくる〜」これで最終話とさせていただきます。 1年以上も間が空くって……まぁ管理人の怠惰での停滞ホントにすみませんでした(平謝っ なんとか終わることができました、本当にやっとです。 ええと、1年というブランクのせいか、なんとも元の構想をかなりすっ飛ばして無理矢理完結させたっぽい お話なので、もしかしたら後から心理描写など増やすかもしれません(ご容赦を 蔡岐に余裕があればの話ですが……^^; 所々表示の仕方が違うので、大変読みにくい文章ですみません。 なんだか、改訂がいっぱいです。 というわけで(どういう訳!?)とりあえずこの作品はここで終了とします。 今まで読んでいただき、本当にありがとうございました。 date:2008/08/07 by 蔡岐 【青い嘘 , "鎮魂歌は歌えない(今は。今も。これからも) "…「相対鎮魂謌五題」より 】 主題/【宿花(閉鎖されました) , "くるりくる 歌い 踊り 回る"】 |