貴方は一つの場所に留まっていられないような方。乱があれば自ら赴き鎮める、
 間違いなく文王ではなく武王だろう。
 今でこそこうして官の信頼を得、王の威厳を漂わせているが昔は酷いものだった。



   彼女を蓬莱で見つけた時、正直『駄目だ』と思った。
 雰囲気や仕草、自分を見る目、何から何まで先代の王と同じだったから。
 先王は欲のない人だった。ただ普通の家庭を望み、ただ普通の人生を過ごしたいと
 思う一人の女であり、慶の民だった。
 彼女、舒覚を不幸にしたのは誰でもない、私だ。
 民意の具現である私が彼女を不幸にした。民とはなんと残酷なものか
 己の身を守るため、食いつなぐためなら同じ慶の民の幸せを踏みにじれるのだ。
 しかし、人の醜く、汚い部分を目の当たりにしてなお、それを許容する自分は
 やはり麒麟なのだと嫌でも実感してしまう。

   私は強い王が欲しかった。こちらが気を遣って大事に大事にしてやらねば
 壊れてしまう王などいらない。そんな王など民のためにはならないと。
 天帝は先の王の事も考慮に入れて、次ぎこそ賢王を選んでくださると期待していたのだ。


  ---------それがこれだ。なぜ天帝はまたも同じ過ちを犯そうとなさる。
 辟易しているのだ、弱い王には。だが私には王を自分で選ぶ事はできない。
 この時ほど強く、自分が天の傀儡であるのだと思ったことはないだろう。

   しかしこの方はお変わりになられた。強くあろうと努力をし、民のためにと
 勉学に励み、政にも積極的になられた。
 何が彼女を変えたのだろうか。自分でない事だけは確かだ。先王が苦しんでいる時にも
 自分は何もできなかったのだから。
 ではやはりあの半獣の学生だろう。いつも彼の話をする時の笑顔は他のそれとは
 まったくの別物だ。そしてそれを不快に思う自分もまた、変わったのだろう。


 「景麒、どうした?」
 「・・・!」
 突然の主の声に朝議の途中だったことを思い出す。
 「なんでもありません」
 「大丈夫か?ずっとボーっとしていたぞ。気分が悪いなら今日はもう休んでいい」
 「いえ、大丈夫です。心配をおかけして申し訳ありません。」
 主は少しの間私の顔をじっと見ていたが、しばらくして「そうか。」と言い、
 顔を正面の官達に戻した。
 ---なさけない。本来ならば片割れである自分が主を変えていかなければならないのに
 それすら出来ず、あまつさえ心配までかけてしまうとは。
 まったく、自分自身が嫌になる。
 景麒はハァーと深く息を吐いた。
 「おまえはそんなに私が不満か?」
 「・・・はっ?」
 またも突然の主の声に今度は間抜けな声を出す。
 「おまえはそんなに私が不満かと訊いている。」
 「失礼、質問の意味がよく分からないのですが」
 主は私を横目でねめつけるように見ると眉間に軽く皺を寄せた。
 景麒は何が主の気に触れたのかと考えて、思い当たる節がないことを確認する。
 「後で話そう。」
 と、主が短く言い私はそれに従った。
 今のやりとりを知らない官達が今年の米の収穫率は高かっただの
 最近和州に頻繁に現れる夜盗についての対処だのをつらつらと奏上しているのを
 景麒は頭の隅で聞きながら、今日は早く政務を終わらせなければ、と考えていた。


 


 ここは金波宮の内宮の奥、つまりは王の自室だ。
 この雲海沿いの広い部屋には普段、王以外では麒麟しか入ることが許されない。
 だから部屋にいる人物はおのずとわかる。慶の主従は特にだろう。
 一人は燃えるような深紅の髪で、もう一人は透けるように輝く銀がかった金の髪なのだから。
 この二人を見間違えるはずがない。
 今、部屋にいるのは銀がかった金髪の持ち主、つまり慶の麒麟である。
 彼は、蓬莱でいう”バルコニー”にいた。
 手摺りに手を置き、雲海から来る風を受け金糸のような美しい髪を揺らしている。
 彼の見る先には、果てしなく続く水平線(雲海でもそういうのかは分からないが)があり、
 その他には金波宮のへりしか見えない。
 空は快晴で、今は秋だ。
 下界では紅葉は赤く、銀杏の葉は黄色くなった頃だろう。
 いや、もう落ちている頃かもしれない。空の上は季節感がないのだ。
 良く言えば、どんなに暑かろうと寒かろうと快適に過ごせると言うことである。
 だが、逆を言えば下界で民が苦しんでいても雲海の上ではそれがわからず、
 話の上でしか知ることができない。
 だから、宮内に籠もる王ではその治世は長続きしないのだ。

 キィっと扉の開く音がした。
 「待たせたな。」
 この部屋の主が、髪に挿してある真珠の簪を鬱陶しそうに取り、
 瞳と同じ深緑の耳飾りをはずしながら景麒に近寄る。
 隣に並んだとき、服装は扉から現れたときとはまるで違う、簡素なものになっていた。
 もう慣れたことだ。この方はあまりなよなよした服装がお好きではないから。
 本気で、王の着衣を袍にせよ、と勅命を出そうとしていたくらいに。
 「朝議でのことだが、お前は私では不満か?」
 「いえ、ですからその質問の意味が分からないのですが・・・」
 「お前はいつも私を見てため息をついているじゃないか。
   それは私がいたらない王だからなのだろう・・?」








date:2006/01/13   By 古波都