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初、梅酒記念


「痛いっ」

痛み、というより膝に薬が沁みて、顔を歪める彼女にすげなく返す。

「我慢しろ」

「痛いーっ!」

「……」

痛い痛い痛いいたい!!

駄々っ子のように、むしろ何とかの一つ覚えのように「イタイッ」を繰り返す彼女に、僕は口をつぐむ。
こいつは本当に……。
奈緒の方がよほど聞きわけがいい。
はしゃぎすぎて、転けて怪我をしたのは、君じゃないか。

だが、仕方ない、という思いもないではない。
諦めなのか、後悔なのかは判然としないが、こうなった責任の一端が僕にないとは言い切れないから。

「ほら、もう終わったぞ」

「ううっ、……痛かった」

「はあー」

口を尖らせ、下から睨んでくる彼女に思わず溜め息が漏れる。
それが、また彼女の琴線に触れたらしい。

「八雲君っ!」

「なんだよ」

「八雲君冷たいよ!私がこんなに苦しんでいるって言うのにーっ」

「はいはい」

「もう全部、やくも君のせいだぁーー」

そう言って、彼女は目に浮かべていた大粒の涙を落とし、わんわん鳴き始める。
ひとしきり怒った後は、泣き、か。
結局、三つとも制覇しやがった。

「……どんな責任転嫁なんだ、それは」

呆れてしまう。
まったく、なんてやつだ。
寝ても覚めても、常時注意力散漫な君がいけないんだろう。

と、いつもなら言うところ。
しかし、今のこいつには何を言っても無駄だろう。
脳が正常に機能してないだろうからな、まったく。

「ほら、もう泣くな。僕が悪かった」

「うーっ、ひっく……そん、な事。思ってないっ、くせに」

「……」

腐っても、やはり彼女は小沢晴香だ。
よくわかってるじゃないか。
理解できたついでに、泣きやんでくれればいいのに。

「あー、悪かったよ」

言って、彼女の頭をぽんぽんと撫でる。
こいつが落ち込んでいる時は、こうする事が習慣になってしまった。
なぜか彼女は、こうすると落ち着く。

「んくっ、…っ……八雲、くん」

「なんだ?」

尋ねると、彼女はうるうるとした目で僕を見上げてくる。

「熱い」

「は?」

「熱い熱い熱い、脱がせて」

「……はあ!?」

熱いって、そりゃああれだけ騒げば熱くもなるだろうさ。
それより、「脱がせて」だって!?
自分で脱げばいいだろう。いや、違う。脱ぐな、絶対脱ぐな!

「ねぇ、やくも、くん。脱がせてよー」

思わず、思考が一時ショートした。
どうする、彼女にまともな判断力は期待できない。

「ねぇー、やくもくんってばぁ」

「あーっ、分かったよ!脱がせればいいんだろう!?」

半ば自棄を起こしてそういうと、僕は彼女の薄手のベストに手を掛ける。
大丈夫大丈夫、目はだいぶとろんとしている。
もうそろそろ眠るはずだ。
そう念仏でも唱えるように、ブツブツ言い続ける。

まったくとんでもない日だ。
二度とこいつと、酒なんかに付きあうか!


date:2008/09/10   by 蔡岐