測った直線距離に脅える手脚を見られたくなくて 泣かないでと 我儘を言った 笑わないでと 意地悪を言った 僕と君との間の溝を 埋めたくて 広げたくて 仕方がなかった 次にきた大音量に思わず耳をふさいだ。 「もう!八雲君、聞いてる!?」 「・・・・・・」 うるさい、本当にうるさい。 どうにかならないのだろうか、この騒音は。 大体こいつはいつだって、ここが大学で映画研究会室だということを忘れている。 本当に、どうにかならないものだろうか。 目の前のトラブルメーカーは、いつもいつも考えが甘すぎるのだ。 「八雲くんっ!!」 怒ったように机に手のひらを押し付ける人間に、しぶしぶ向き直る。 「君はもう少し自分の音声のでかさを考慮するべきだ。 これだけ近くで騒ぎ立てられて聞こえないやからは、間違いなく病院行きだよ。」 「じゃあ聴いてよ!」 「君も大概人の話を聴かないな。どうして僕が君の個人的付き合いからくる苦悩に同情しなくちゃならないんだ。」 「・・・・・・素直に愚痴って言ったらどうなの。」 こいつは心底悔しそうな顔をする。 多少の皮肉に慣れてはいても、気にならないわけではないらしい。 「おや、認めるのか。なら、いい加減黙ってくれないか。僕は君の憤懣に付き合ってやるほど暇じゃないんだよ。」 そう切り捨てると、痛いところを疲れたのか見る見る表情がしぼんでいく。 ああ厄介だ、本当に。 俺が言うことなんて最初から決まっているのだから、やさしく慰めてくれる友人の下へでもいけば良いものを。 なぜわざわざ二度もやられるためにここへ来るのか。 「・・・・・・」 瞬間浮かんだ馬鹿げた考えは、刹那に捨て焼却炉へ行った。 ふいに暑苦しい視線を感じた。 じーーっ、と。 突き刺さるようなものの先に居る人間をあまり直視したくなかった、特にこの時この場所で。 その先には、教育学部でオーケストラサークル部員だというショートカットの女。 当たり前だ、ここには俺と彼女としか居ないのだから。 「なんだ、気持ちの悪い。」 「・・・・・・なんか、今すんごく私を馬鹿にするようなこと考えたでしょう?」 「・・・・・・」 トラブルメーカーにしては鋭い、否、だからこそ野生の本能か何かが。 「ああっまた!へんなこと考えてる!」 「ふーん、根拠は。」 すると、笑止とばかりにゆっくりと口の端を持ち上げ、ふわりと笑んだ。 「ふふん。八雲君て考え事するとき、ちょっと眉間に力を入れて顎を引くでしょう。 わかるよそれくらい、これでも1年以上見てきたんだから。」 尊大に胸を張る馬鹿を俺はにらみつける。 何を自慢げに言っているんだ、つまり1年以上も不法侵入し続けたということだろう。 「僕にそんな癖はない。」 「あるよ、八雲君が気づいていないだけだよ。」 その言い方が癇に障った。 「なるほど、僕ですら知らなかったことを見つけたわけだ、君が。」 「そこまで馬鹿にした言い方しなくてもいいでしょ。」 「馬鹿にしてなどいないさ、君の観察眼に敬意を表しているだけだよ。」 我ながら心底嫌味だと思う。 彼女は、開いた口を閉じて逡巡してみせた後、ため息を吐いた。 そうだ、不機嫌ならこの部屋を出ればいい。 「・・・・・・ちがうよ、八雲君。」 もう一度ため息を吐いて、彼女は顔を上げた。 呆れた様な労わる様な笑みを浮かべて、俺の顔を覗き込んでくる。 思わず目をそらしたくなる。 「自分の事って意外にわからないものだよ、見たくない部分だってあるし。」 「・・・・・・」 慰められているように感じるのは気のせいだろか。 そんな気づかいは俺のもっとも嫌うところだ。 「それにね、私が気づいたのはずっと八雲君を見ていたからだし。」 ピシッという音が聞こえた気がした。 目の前に座るやつを凝視する、相手は首を傾げて怪訝な顔をする。 「どうしたの、八雲君。また、私の話聴いてなかった?」 聴いていたから返事ができないんだよ、そう怒鳴ってしまいたい。 聴かなければよかった、こいつの話なんて。 机に突っ伏す、ギシッとパイプが軋んだ。 本当に、心の底から後悔したのはいつ振りだろうか。 「え、ちょ、どうしたの八雲君?」 その言葉に盛大なため息を吐き出す。 「・・・・・・君はもう少し男の機微に思いを巡らせるべきだよ。」 心臓がいくつあっても足りない気がする。 君は僕を殺す気か、小さくそう呟いた。 |