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待って 待って 一人でなんか行かないで
そんな孤独な顔で離れていこうとしないで
わたしは大丈夫だから 平気だよ大丈夫だよ
たとえ君が ――― ‥‥‥



遠くに見える背中を追いかけた


キィ―――――ッン

耳鳴りのように聞こえてくるその音は、残念というかなんというか、 わたし以外には聞こえていないようだった。

(あーだるい・・)

今朝不吉な夢を見てから、なんだかずっと体が怠い。
怠けていると言っても良い。

(もう、今日は散々だよ。)

自転車にぶつかられそうになったこと2回、転びそうになったこと3回、 実際に転んだこと1回、食堂はお昼時は過ぎていたというのに満杯だったし、 おまけにケータイも家に忘れてしまった。
数えだしたら本当に切りがない。

(はぁ〜もう最悪だ、今日は早く帰って寝よ)

こういう日にはとりあえず何もしないに限る。
さっさと帰ってお風呂入ってちょこっと夕食をつまんで寝る。
よし、そうと決まれば善は急げ。
・・・・そう、思っていたのに。
どうしてこうもついてないんだろう、もう泣きそう。

外に見れば、さっきまで晴れていたのが嘘のような土砂降りの雨。
わたしの恨み言なんて一瞬にして地面にたたきつけられてしまうだろう。

(わたしにどーしろと・・・?)

嫌がらせか?わたしは誰かに怨まれるようなことをした!?
憎々しくに天を見上げる。
ささくれ立った心には、久々の雨に気持ちよさげな植物も見ることは禁物らしい。
・・・・こういう時、わたしって本当に心が狭いと思う。


(ん?)

「・・・・あれ?」

思わず呟いた声は、幸か不幸か相手にも届いたらしい。
驚いたようにこちらに向けられた顔が、みるみる不機嫌になる。
睨み合う、もとい顔をつきあわせること数秒。
やがて、諦めたように、どこか苛立ったように寝癖でぼさぼさの頭をかきながら彼は、ゆっくりとわたしの方へ歩み寄ってきた。

「それで、なぜ君はここにいるんだ?」

(はぁ?)

心底嫌そうな顔でそんな事を言われても困る。
というか、わたしと会うのがそんなに嫌かこの男は。
そんなに迷惑そうな顔しなくても良いじゃない!

「・・・・・それは、こっちのセリフだよ。ひさしぶり、八雲君。」

ふて腐れてそっけなく返してやった。
実際、会うのは本当に久しぶりなのに、どうしていつもこうなんだろう。
八雲は、わたしのぶっきらぼうな物言いに少し眉を上げて驚いている。
そうだろうそうだろう、誰だって好きな人にはいつも可愛い顔を見せたいものだ。わたしだって、これまで自分なりに精一杯そう接してきていたし。

(わたしだってたまには不機嫌なこともあるのよっ)

心の中でちょっぴり言い訳してみる。
すると、八雲がちょっと皮肉げに口の端を上げた。
あっ、何その顔、なんだかすっごい腹が立つ。・・それ以上に、嫌な予感がするけど。

「君は、自分が不機嫌だからといって、会った人間全てに突っかかっているのか?」

「なっ、そんなわけないでしょ。」

ほらやっぱりきた。
意地悪そうに鼻で笑って、可哀想なものでも見るような感じで。

「八雲君こそ、どうしてここにいるの?」

「はぁー、君は馬鹿か?」

そんなに長い溜息吐かなくてもいいじゃない。
本当にどこまでも失礼なやつ。

「・・馬鹿じゃありません。」

「なら若年性痴呆か?」

「ちょっと、どうしてそうなるのよっ」

そこでやれやれという風に頭を降る。
心底飽きられている見たい、失礼なことこの上ない。

「・・忘れたのか、僕の部屋はこの廊下の先だ。」

「えっ、・・・・そう、だったかな?」

確かに、間違いなく各サークルの部屋が並ぶ場所だった。
むしゃくしゃしてたから足の向くままに任せていたけれど、まさかこんな所まで来ているなんて。
見覚えがありすぎるはずだ。
今日一日考えていたことが八雲君に読まれたようで、かぁっと顔が火照る。

「そうなんだ、・・・で?君はなぜこんな所に?」

「ううっ・・」

しまった、結局最初の問いに戻っている。
あなたの顔が見たくて来ちゃいました、なんて事言えるはずがない。
まだ八雲への思いは伝える勇気はなし、それ以前にまともに取り合ってもらえない気がする。
・・「なんだ突然、気味が悪いな。それと、頼むからそんな変な目で僕を見ないでくれ。」
あり得る、まざまざと想像できて笑えもしない。

「・・・・・・いいじゃない、」

「何か言ったか、聞こえなかったが。」

「いいじゃない!わたしがここにいたってっ、大体あの部屋は八雲君のものじゃないよ!」

ああしまったぁ、つい怒鳴ってしまった。

「分が悪くなると怒鳴るとは、君は後藤さんか?」

こんな例えに使われるなんて、八雲君の中で後藤刑事ってどんな位置にいるの?
むっつりと頬を膨らませるのはわれながら情けないと思う。
けれど、これ以上八雲君と言い合いなんてしたくない。
どうせ、今の状態じゃ彼に八つ当たりしてしまうだけだろうから。

わたしの頑なな態度に八雲君はもう一度、大仰に肩を竦めた。

「・・まあいい、僕は戻る。」

そういって呆気ないほどさらりと背を向け奥へ歩き出した。
なにか声をかけたい、このままさよならなんて嫌。
でも、いつもなら出てくるはずの別れの言葉もかけられなかった。
・・・・本当に、今日のわたしはだめ人間だ。


「もし・・、」

聞こえてきた声に床を凝視していた顔を上げる。
暗い廊下の奥から、八雲が少しだけこちらを見ているのが分かった。

「この雨はどうせ夕立だろうが、・・・・その分じゃ傘は持っていないのだろうな。」

「うん?」

独り言じゃなさそうなので一応相づちは打っておく。
向こうに届くのかは分からないけど。

「濡れて帰るのも傘を買うのも嫌で短い時間でもぼんやり突っ立っていたくないのなら、・・」

「・・八雲君?」

早口で捲し立てる言葉は確実にわたしに向けられたものだけど。
どこか、自分自身に言い聞かせているような感じだ。
何が良いたのかも、さっぱりわからないし・・・・。

「暇で暇で死にそうだというのなら、・・・・・相手をしてやらないこともない、」

「え?」

それは、・・・どういう意味でしょうか?

「じゃあな」

「あ、ちょっと待って八雲君!」

わたしの言葉なんてまったく無視して、再び歩き出した八雲君の姿は、瞬く間に学舎の闇の中に消えてしまった。
あまりの早業に声も出ない。

(行っても、いいのかなぁ。)

良いのだろう、彼がそういっているのなら。
信じられないことだけれど、邪険にされることあっても誘われることなんて皆無だったのに。
どういう心境の変化?・・・何か、悪いものでも食べた、とか・・・?

つらつらと考えながらも、足は確実に彼のいる方向へ進み出している。
1日、わたし周りを覆っていた不幸雲も今はどこかへいってしまった。
われながらなんて単純なんだろう、と悲しくなるけど、やっぱり恋は偉大で恋する乙女に不可能はなくて、 ついでに言うと踊り出したいほど嬉しかったんだから仕方ない。


「んふふっ」

にまにまと笑うわたしはさぞ気味が悪かったろうと、後になって思った。



date:2007/10/25   by 蔡岐

福音響歌(魅嬉 様) , "遠くに見える背中を追いかけた" …「届いてほしい」より】