願うだけじゃなくて、伝えることが何より人を勇敢にするんだと。 僕は、君のおかげで漸く気がついた。 雲を寄せつけない青い空の下、じりじりと肌を焼く日差しにしたたる汗を拭う。 「千昭ー、いっくよーっ!!」 真夏のグラウンドに響く力溢れる声。 この言葉を笑顔を望んでいたのだと、その時何よりはっきりと意識した。 「あー、疲れたぁ!」 「しばらくやってなかったからなぁ。」 「なんだそりゃ、どういう事だよ!?」 初耳だ。 俺が帰って二人(もしくは功介の彼女を入れて三人以上とか) で相変わらず野球してると思ってた。 「何が?」 「何って、野球やってなかったのかよ?」 「「はぁ?」」 きょとん、と二人して間抜けな顔で見てくる。 てか、はぁって何だよ。逆にドギマギするじゃねぇか。 「えっ何。俺、何か変なこと言った?」 「「・・・・はぁー」」 次は思いっきり恨めしそうな哀れなもんでも見るような目を向けてきた。 お前ら人の顔見て溜息つきやがったな、このやろう。 「だから!何だってんだよっ!」 「功介君功介君、このお気楽男どうしましょうかねぇ。」 「本当だな真琴君。自分はまったく関係ないとふんぞり返った台詞だ。」 「意味わかんねぇよっ!!」 んだよ、俺は馬鹿にされてんのか。そうなのか!? いつまで経ってもまともに質問に答えない(むしろ完全無視で宇宙語を話している)。 「おーまーえーらーっ!!」 そろそろ本気で切れかけてきた俺を見て取ったのか、 ようやく真琴が(嫌がらせかと思うほど大きく溜息をついて)話し出した。 「もーっ!千昭は暇かもしんないけどあたしらは違うのよっ。」 「はぁ?」 「千昭君千昭君、『受験』という言葉を知っているかな?」 「あはっ。功介、それ凄く合ってる。知ってる千昭、テストを受けるって意味だよ?」 「なっ、それぐらい知ってるよ!」 やはり馬鹿にされてるのかも知れない、本気でそう思えてきた。 「つまりだ、千昭君。」 「何だよ、」 妙に改まった声に功介の方をむく。 何故か聞き分けのない子どもを説教する父親か教師のように、 どっしりと構えている功介にちょっと腰が引けた。 (ってことは、俺は世間知らずのガキか。冗談じゃねぇ!) 「俺たちは大学受験が控えてんだよ、今頑張らないと後がない。」 「・・だから?」 「だーかーらーっ!!野球は、そりゃもちろんしたかったけど、我慢してたの!」 「・・・・・・。」 「あ、なに千昭その顔。なんか、文句でもあるわけ!?」 「真琴、お前はなんでそんなにけんか腰なんだ。」 「だって功介見た!?今千昭、 『あの真琴がベンキョー!?あり得ねー、明日は氷が降る!』って顔してたんだよっ!」 「し、してねぇーよ。」 少しどもってしまったのは、わずかに心当たりがあったからだけど。 けれど、一応真琴がこの時期頑張ったってのは、すんげー分かってるつもりだ。 (実際、未来でアレ見せられりゃなー) 納得するしかないっつうか。 ・・・・ものすげぇー嬉しかったんだけど、そんでそれ以上に切なくなったんだけども。 この状況では言い出せそうにない。 「いやいや、別にそこまでは千昭も言ってないだろ。 せいぜい、『梅雨に逆戻りだなぁー』くらいだって。」 「フォローになってねえよ、功介。」 「ううっ!功介まで。何よ、あたしの一年間の努力を解するやつはいないわけ!?」 「そりゃ、その事は認めてやってもいいが、真琴の場合それ以前が散々だったからなぁ。」 「ああ、確かに。」 「ちょっと千昭!あんた全っ然人のこと言えないくせに!」 「へへーんっ、俺は数学は完璧だったもんね、誰かさんと違って。」 「数学だけ、だろう。他はそれはもう悲惨なもんだったろうが。」 「・・・・言うなよ、それを。」 「でしょでしょ?千昭、国語ボロボロだったじゃん。」 「っるせーなっ!いいんだよ、言葉なんてしゃべれれば。」 「あ、逃げた。」 「逃げたな。」 「お前らなぁー!」 ちくしょー、よってたかって人をおちょくりやがって。 つか、話どんどん脱線してんじゃん。 野球お預けだった理由から始まったんじゃねーのかよ。 「・・・はぁ、もういい。帰る。」 「あー功介君功介君。千昭が敗走します。どーぞ。」 「うんうん、真琴君。そうだな負けを見越して逃げる気だな。どーぞ。」 「しつけーよっ!!」 やっぱお前ら俺で遊んでただけじゃねぇか! やってられるか、と立ち上がりグランドに背を向ける。 沈みかけた夕日を背に感じた。 「おい、待てよ千昭。」 「逃げるなんて卑怯だぞー、千昭!」 「逃げてねーよ。つか真琴、俺をからかって楽しんでんだろ?」 「えー、そんな事ないよ。ねぇ功介。」 「ああ、まったくもって初耳かつ事実無根だ。濡れ衣だな。」 「ジジツムコ・・、ややこしい言葉つかいやがって。つか、功介にふる時点で黒じゃねぇか。」 「あっはっはっ、」 「笑って誤魔化すなっ!」 「それじゃ、お前ら。じゃれ合いもほどほどにしとけよ。」 そう言い、一人退散しようとする功介。まさに、図ったようなタイミングだ。 「てめー、勝ち逃げしようたってそうはいかねーぞ!」 「ははは、また明日な。」 「だから笑って誤魔化すなーっ!!」 「あはは、千昭ってからかいやすいなぁ。あー面白かった!」 「しかも、さらりと暴露したし。」 はぁー疲れた、振り回される方はほとほとしんどいんだよ。 言っても、「あ、そう?良かったねー。」で終了されそうだから黙っとくけど。 ふと、真琴が空を見上げた。 「真琴?」 つられて俺も同じように見上げる、蒼い緋い空を。 それは、もう一年も前から俺をこの時代に引き寄せ続けた色だった。 「ねー千昭。」 「ん?」 「あたしさ、あの絵を残そうって思ってたんだよね。」 「・・・・、」 「それが今のあたしにできることで、やりたいことだった。」 「真琴」 「ねぇ千昭。あたし、約束果たせたかな。」 あいかわらず沈む太陽に背を向けて、闇色の迫る空を見上げて。 決して俺の方を見ないでしゃべる真琴を、何故だかひどくもどかしく感じた。 「未来って、本当に変わるのかって。そう、思う時もあったりして。」 ぽつり、ぽつり、まるで自分に言い聞かせるように。 言い含めて、自分を励ますように、真琴は上を見て話してる。 「不安になったこと、何回もある。ねぇ千昭、あたしは―――、」 「届いた・・」 「え?」 「あの絵、俺が帰ったらちゃんとあったよ。存在したんだ、あの時代に。」 「・・ほんとに?」 信じられないって顔してる真琴に、少し笑えた。 「ああ、ほんとほんと。」 そして、今なら言える気がした。 「なあ真琴。」 「なに、・・千昭。」 「その、・・・・・ありがと、な。」 それだけしか、俺はかけてやれる言葉を持たないけど。 あの日、現代に帰った俺を待っていたのは、 パソコン画面上に永遠と並ぶあの絵に関する膨大な資料だった。 作者不詳、制作年不明、詳しい経緯も分からず忽然と消えたはずの絵が、 何度も消失の危機に遭いながら、それでもしっかりと俺の所に続いていた。 そして、データの端っこにちょこんと書かれた名前を見た時、俺の心は決まったんだと思う。 あの時感じた想いを、いつか君に伝えられるのか。 それはまったく分からないけど。 「・・うん!どーいたしまして。」 真琴がそう言って笑ってくれたから、どうしようもないほどの焦燥に駆られる心も、 少しは落ち着いた気がした。 |