空が泣いてる、なんて誰が思ったんだろう。


しとしと、まるで世界全てが泣いているような灰色の空。

時折、遠くで鳴る雷の音は、夏休み前で浮き足だつ心を軽々と連れ去ってしまう。

斜め前の席に座るあいつの顔が、脳裏に浮かんだ―――





「なーに考えてたんだよ。」

ホームルームが終わっても席を立たない真琴に焦れて俺から声をかけた。
今日も相変わらず雨が降ってて野球はできねぇけど、 だからっていつまでもふて腐れてるような性格でもない。

「千昭、」

予想通りっていうかやっぱりっていうか、
真琴は大袈裟なほど消沈して机にへばりつきながら、目線だけ俺に向けた。

(おい、人が話しかけてんだからせめて体勢くらい起こせよ)

なんて、功介じゃなくても説教の1つもかましたくなるような格好だ。

「なんだよ、元気ねーぞ。」

「だっーって!」

がばりっ、と勢いよく、文字通り飛び起きて顔を近づけてくる真琴に少し怯んだ。

(近いちかいちかいってのっ!)

「もう4日も野球してないんだよ!4日よ4日!ほぼ一週間っ!しんじらんないっ」

いやお前の方がしんじらんねー、
とは心底嘆きに徹してる真琴には言えない。
できればもうちょっと常識(つうか、異性に対する観察眼?) ってもんを身につけて欲しいと思う。

(身がもたねぇー)

この1ヶ月何度思っただろう。
考えただけでうんざりする、もちろん俺の情けなさと真琴の鈍さに、だ。


「あー、とりあえず落ち着け。なっ?」

未だ、真琴の目が俺の鼻の辺りにあるっていう、 俺としては恐ろしく非常事態極まりない状況をどうにかしなくちゃならない。

「千昭はつまんなくない!?何にもできないんだよ?」

「や、俺だって鬱陶しいけどよー。んな事で苛ついたってしょうがねぇだろ。」

「・・・・・・」

「・・なんだよ。」

「千昭が大人なこと言ってる。」

そう言ってむくれてそっぽを向く真琴に、顔面に血が上ってくるのを感じた。
慌てて脱線しかけた思考を元に戻す。

「あ、当たり前だろっ、俺は真琴よか大人なんだよー。」

「はぁー!?絶っ対にあり得ない、ありえないー!」

「なんだとっ」

「おい、お前ら。なに騒いでんだよ。」

「「だって功介、千昭[真琴]がっ!!」」

見事、お互いの名前以外ぴったりとハモってしまった俺らに、
案の定功介はやれやれと額に手をついた。




「・・で?授業終わった後、何してたんだよ。」

功介の登場でようやく振り出しに戻れた俺は、 今は(俺が奢ってやった)レモンティーを持ち上機嫌な真琴に尋ねた。

「そこから、なんで言い合いになるんだよ。」

呆れた風に呟いた功介の言葉はすっぱりと無視する。

「ん?・・・もうすぐ夏休みでしょ?何しようかなぁーって。」

「なにって、野球じゃねえの?」

ちなみにこの場合、「勉強しろ勉強、お前らもう2年だろうが。図書館いけ。」 という功介の横やりは、やはり綺麗さっぱり無視する。

「うーん・・、野球もいいけど。だってさ、夏だよ?」

「だから?」

「あたしは、他にもやりたいこといっぱいあるんだよね!」

瞳をきらきらさせて、(まだ梅雨が明けてもいないのに) あれこれと今年の夏のマイプランを語る真琴は本当に楽しそうで。
俺はいつも、うっかりそれに流されてしまいそうになる。

流されちゃいけなくて、安易な約束なんてしちゃいけない事なんざ、 誰よりも分かっているはずなのに。
この時代での未来を望む心が、いつからか俺の心に根付いて離れなくなって、
無理に引っこ抜こうとすれば、 間違いなく手痛い報復を食いそうなくらいに成長している。


(ああ、だからずっと、早く帰りたかったのか。)

来た頃。絵を見たら帰ろう、人目見れればそれでいい。
なんて、めちゃめちゃ聞き分けよく考えてた俺の思考がようやく今になって分かった。

「千昭?どしたの?」

「なんでもねーよ、それよりそろそろ帰らね?」

「そーだな、雨も小降りになってきたことだし。」

「あーもう!ほんとに!いつになったら夏が来るのよーっ!!」

「お前叫びすぎ。」

ぱこんと叩かれ抗議する真琴と意に介さず帰り支度を進める功介と。

目に見えないし、触れることもない。
けれど、二人と俺の間には確かで絶対的な壁がある。

温かな日差し、軟らかな雨。
地面は優しくて空は力強くて。

真琴は雨の日は嫌いらしいけど、俺はけっこう好きかなって思った。


(真琴、お前やっぱすげーよ。)

前言撤回。
俺は全然大人なんかじゃない。

(だってこんなにも、この時代やお前らに執着してる。)

無い物ねだり。
俺がこれから一生かかっても見れない光景をこの世界は全て持ってる。
羨ましい、それ以上に悔しいけど。

(お前らと、永遠に一緒にいられたら良かったのにな。)

「千昭ーっ、何してんの。置いてくよー!」

すでに教室から出てしまった真琴達を追って、慌てて廊下に出る。
おいてく、なんて言いながら結局、いつも下駄箱んとこで待ってるやつらだから。

(そしたら、真琴。俺は、お前に言いたいことがあったんだぜ。)


だから、
あり得ない未来を、それでも夢見るぐらいの我が儘は、許してほしいと思った。


date:2007/08/11   by 蔡岐

【photo by ,Slow Life