遠く、遠い、彼方へ届くように。(千昭side) 無機質で鉛のような空の下、それでも人間は生きている。 俺の世界へ帰ってきて、もうすぐ1年になる。 劇的すぎたあの夏から帰還した時は、正直余りの落差に呆然としてしまった。 “もう一度、” なんて、なかった事になったとはいえ(真琴のおかげ、なのか?) 過去の人間にタイムリープの存在を暴露してしまった事にはかわりないわけで……。 そんな人間がすぐに過去に戻れるわけがない。 知られているのかいないのか、未だ判然としない中で、1年。 俺としては大人しーく過ごしてきたつもりだった。 「あいつらもそろそろ受験だよなぁ〜」 時折、とりとめもなくこぼれ落ちる言葉はあの夏の思い出に関する事ばかりだ。 功介とあの女子はどうなったか、真琴の女投げは直ったかだとか。 「……まだ、野球してんのかなぁ」 こっちには野球なんて、もう存在しない。 人口が減るにしたがって、空が硬質化するにしたがって、時が移りゆくに随って。 この世界では、本当にいろんなものが消えていき、消されていったのだと、あいつらに出会って初めて気づいた。 それくらいに、たった数ヶ月の生活は鮮やかに俺に刻み込まれた。 “――真琴” ショートヘアーでくそ暑いグランドを走り回っていた少女。 色気より食い気、恋愛より野球。 真琴の中の図式は余りにも明快で明け透けで、逆に何考えてんのか分からなくなるほどで。 会いたい、 別れた翌日からその4文字は俺の頭にこびり付いて離れず此処まできている。 真琴がくれた言葉を何度も反復して、あちこち文献調べまくってあの絵の歴史の中にあいつの名前を探して。 「なっさけねぇー」 この時代で真琴を探せば探すほど、埋もれた過去の一端にあいつらとの関連を見つければ見つけるほど、 俺は冷静ではいられなくなった。 会いに行きたい、……あいつの顔が見たい。 現実と願望ってのがこんなにも隔たっているのは生まれて初めてだ。 それでも諦めてない自分に、最近本気で笑えてくる。 「おせぇよ、真琴。早くしないと、……会いに、行っちまうぜ」 がらんとした外と同じく何もない部屋で、ぽつりと呟く。 当然誰も聞いていない。 ここは『そういう世界』なんだと、教えてくれたのも彼らだった。 会いに行く、絶対に。 どんな事をしても、もう一度必ず。 「待っててくれよ」 この想いが、最後まで鈍感だった彼女に届くのかはわからないけれど……。 |