諸聖徒日



「た、食べた ・ ・ ・ ・ ・ っ!」

空になった皿を見て思わず感激してしまった。

「ほんと、よく食べ切れたよね。あの量を。」

(全くだ、)

「くそ、あいつ。もうちょっと作る量を考えろ。」

「あはは、今回は心から同感だよ。」

楸瑛の笑いにもどことなく覇気がない。腹から声を出すのが辛いのだろう。

本当によく完食できたと思う。
いくら腹の空いた男三人といえども、あの量は半端ではない。
味は悪くなかった、否、あのぽややん上司が作ったとは信じられないほど美味しかった。 きっと頑張って作ってくれたのだ、と考えると残すことも出来なくて。
冷蔵庫に入れて明日食べよう、という良案は詰め込まれるようにして入っていたオレンジ色の物体が ものの見事にぶっ潰してくれたので、 結局帰ってきてから四時間、ただひたすら手と口を動かしていたのだ。

「あぁ〜、カボチャなんてもう見たくない。」

「そうもいかないよ。明日から二日間くらいはカボチャ尽くしにしないと、あの量は片づかない。」

何故だろう、戯れからかわれるより、真顔で願望を否定される方がなんかむかつく。
と同時に笑みを浮かべる気力すらなくなっている楸瑛に、少しだけ申し訳なく思った。
甘い物が苦手でケーキに余り良い顔をしなかったこいつと俺がした取引。
もちろん最初に持ちかけたのは向こうだし分担の量を決めたのも楸瑛だが、 何となく、いやきっと心配して提案してくれたのだと思う。
けれど、こんな気持ちを見せられるほど俺は素直じゃなくて。

「で、元凶は帰ってこないつもりか。」

「あはは、」

空笑いで全てを悟った。
そうか、なら明日は本気で仕事を倍にしてやる。
呪詛のようにぶつぶつと呟く俺に、楸瑛が苦く笑う。

「まあまあ、落ち着いて。
さっき電話がかかってきたんだけれど、どうやら寝ちゃったらしくてね。」

よっぽど疲れてたんだねぇ、

しみじみと言われてしまえば、それ以上反論など出来なくて。
何日前から用意していたんだと、尋ねた俺たちに曖昧な返事しかしなかった劉輝。
それだけで、どれほど今日が待ち遠しかったのかが分かってしまって。 しかも普段はなかなか会えない最愛の兄や、 その彼がお世話になっている家族からのお誘いなんて断れるはずもなく。
かなり申し訳なさそうに下を向いていた彼を、半ば追い出すように送り出したのは二時間前。

「静蘭や邵可様の顔を見て、緊張が途切れたのだろうね。
向こうについて三〇分もしない間に、寝てしまったんだって。」

「はぁ、はしゃぎすぎなんだ。」

そう言うと、楸瑛は「おや?」と胡散臭い演技で眉を上げた。
何だ、と目線を向ければ、先ほどまでの気怠げな様子から一転、 実に常春のこいつらしい表情をしていた。

「でも、本当はとても嬉しかっただろう。」

「 ・ ・ ・ ・ 一応、はな。」

(だから何なんだ、)

色々文句を言いながらも、嬉しかったのは確かだ。
だがそれなら目の前の男とて同じはず。
節操が無くて女誑しのこいつなら望めばいくらでもプレゼントでも料理でも作ってもらえるはずだが、 こいつは決してそんな取り巻きの女性と彼を一緒にはしない。
それが、無条件の信頼に起因するのか他の理由なのかは分からないが。 詰まるところ楸瑛も内心喜んだはずなのだ。
俺の怪訝な顔に意味するところを悟ったのか、「もちろん、」と続ける。

「私もとても嬉しかったよ。量はともかくとして、本当に美味しかったし。」

でもね、と囁く。

「やっぱり、こういう日は恋人と二人っきりで過ごしたいものなんだよ?」

そう言うや否やいつの間にこんな近くまできていたのか、下唇を軽く挟まれそのまま口を塞がれる。

「なにをっ、・ ・ ・ んっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ぁ、」

(ちょ、待て。何を盛ってるっ!?)

覆い被さってくる男の押しのけようと思うのに、突っ張るのが精一杯で。

「ふっ、・ ・ ・ ・ ・ ぁぅ ・ ・ ・ はっ、」

ようやく離れた唇に、今度は寂しさを感じる。
数本の銀糸が顎に掛かり、喉を流れるのにさえ今朝を思い出させてきつく目を瞑った。

 クスッ

途端に耳元で聞こえた楸瑛の声に吐息に己の中心が徐々に熱を帯び始めている。
まずい、これではまた常春の思い通りだ。

「おい、離せ!俺をからかうのもいい加減にしろっ。」

「酷いね、私はいたって本気なのだけれど、」

「なお悪いわっ!!」

その掛け合いの間にもやつの手は着々とワイシャツのボタンを外して、隙間から滑り込ませてくる。

「ま、待て!楸えぃ ・ ・ ・ あ、やめっ ・ ・ 」

制止も聞かず無遠慮に脇腹を緩慢な動作で撫で上げる腕に、 こうも簡単に翻弄されている自分が恨めしい。 どうしてこの男は、こうも手慣れているのか。
見境がないのは、学生の時からすでにお馴染みだったが、 まさか声をかける女全員と関係を結んでいたわけでもあるまいし。
と、自分のとんでも無い思考に愕然とした。

(今、俺はナニヲ、カンガエタ?)

楸瑛の方が慣れていて当たり前だ、自慢じゃないが俺は女と付き合ったことは一度もない。
もちろん、こいつ以外の男とも。
悔しいのか、俺は。この常春に良いように主導権を握られているのが。
そしてそれ以上に、・ ・ ・ ・ ・ ・ 『そう言う意味』でうまくなりたいと思っている?

「待ってどうするの?それとも、君からしてくれるのかい?」

「誰、が ・ ・ ・ はっ ・ ・ ・ ・ ・ぁ ・ くっ、」

ビリッと背中を走った痺れに下を向くと、胸に顔を埋める男が映った。
視線に気づいたのか、目だけで俺を捕らえた楸瑛はそのままの状態で笑った。実に楽しそうに。
それと同時に胸の突起が強く吸い上げられる。

「あっ、しゅぅぇっ ・ ・ ・ ・ ん、」

慌てて唇を噛んで声を殺そうとしたが間に合わなかった。
自分でも考えられない、快楽に溺れ縋るような声。

「絳攸、駄目だよそんなに噛んだら。声を出して、聞かせて。」

耳元でそんな台詞を吐くのは、お前くらいだ。
俺が弱いのを知っていて、わざと決して触れずに吐息だけを送り込んでくる。

「や、・ ・ だ、めっ ・ ・ ・ ・ 楸瑛っ、ん ・ ・ 」

再び激しく唇を吸われる。
それは吐息さえも貪り尽くすように。口内を楸瑛の舌が這い回って、俺を煽り上らせてゆく。
その間も、やつの手は忙しなく胸の飾りを弄っていて。

「ぅ ・ ・ ・ ・ はっ、馬鹿、」

本当になんて馬鹿なんだ、男相手に。こいつも、俺も。
けれど、それももう本当に今更で ――――― 。

「うん、そうだね。私は君に関してはどこまでも愚かだよ。」

そう言って楽しそうに笑う男の、情欲に濡れた瞳にどこか満たされている自分を感じて。
その瞬間、やけに大きく鳴った時計の長針がはっきりと昨日と今日の分かれ目を示す。

(これじゃあ、朝と同じじゃないか)

心中で悪態を付いて、目の前に広がる藍を纏う男の、所々紅い背中に腕を伸ばした。





うはぁー、勢い余ってこんな物まで!!
すっすいません!書けないと分かっていても、書きたくなるのが性というか・・・;
い、一日に2つは、駄文とはいえハイペースでちとしんどい(自業自得)

石投げられないか不安です、
すみません、微妙に隠しといてこの程度でっ!!(切腹)

date:2006/10/15   By 蔡岐