君はいつでもそうやって、僕の心を掻き乱す 「絳攸、絳攸!」 名を呼ばれたかと思うと、激しく肩を揺すられた。 その時不意に薫った馴染みの空気に夢見心地の頭は一気に覚醒した。 「しゅっ、楸瑛!?」 俺のかなり近所迷惑な叫び声にほっ、と楸瑛は安堵の息をついた。 しかしそんな表情は一瞬で雲散し、確実に怒りを湛えた顔でにこやかに喋りかけてきた。 「絳攸、・ ・ ・ ・どうしてこんな場所で寝ていたんだい? 迷って私の家がわからなかった訳じゃないんだろう。 まさか、こんな寒い夜に外で寝るのが趣味だ、なんて言わないでおくれよ?」 うっ、こっ怖い ・ ・ ・ ・ 端から見ればひどく上機嫌で話しているようにしか見えないのだろうが。 体中から不機嫌オーラを出しまくっているこいつに、とりあえず立ち上がる。 「それで?」と、あくまで穏やかに目で尋ねてくる楸瑛から必死で顔を逸らす。 するとはぁー、という溜息が聞こえた。 思わずそっちを向くと、さきほどまでの沸々と湧き出していたオーラは消えて、少し寂しそうに苦笑した楸瑛がいた。 「まぁとにかく、取り敢えず中へ入ろう。」 ここままじゃ、君が本当に風邪を引いてしまう そう言われれば反論できない。元々、俺の不注意が引き起こした事態でもあるし。 ただ、そうであってもこいつだけには決して謝りたくない。断固として。 故に少しだけ、ほんの少しだけ頷いた。楸瑛が辛うじてわかる程度に。 「うん、」 そう言ってまた苦笑した男に、罪悪感など ・ ・ ・ ・ ・ 感じたくはないのに。 扉を開けて先を促すこいつが悪い、そう思うことにする。 「まったく、まさか夕飯も食べてないなんてねぇ。」 言いながら、即席でチャーハンを作ってのける男はやはり何事においても器用なのだと思う。 「 ・ ・ ・ ・悪かったな、」 「否、私としては大歓迎だけれど。」 そこで静かな沈黙が降りる。気まずい間。 作り立てで湯気を上げるチャーハンを食べることにひたすら集中する俺。 そんな俺を見て、黙っている楸瑛。 「はい、」と俺が食べ終わると同時に渡されたお茶を無言で受け取る。 「暖まった?」 コクン、と一つ頷いた俺にやつは静かに「 ・ ・ ・ ・ そう。」と呟くように返した。 「なんで、・ ・ ・ 帰ってきたんだ?今日は本家に泊まるはずだっただろう。」 不気味すぎる沈黙に耐えられなくてなり、咄嗟にそう尋ねると、楸瑛は珍しく言葉を濁した。 「う〜ん。まぁ、そうなんだけどね。」 「言えないようなことなのか?」 そう言うわけではないんだけれど、 と、わざと視線を合わせずに答える男に、自然と眉間に皺が寄ってくる。 それに気づいたのか、楸瑛が慌てて口を開く。 「否、実は、私自身もよく分からないというか、面倒だったというか、」 「?」 「今日、本家に呼ばれたのは、毎度の兄達の戯れだと思っていたんだけど、 ・ ・ ・ ・ ・ ・ どうやら違ったらしくてね。」 「じゃあ何の集まりだったんだ、」 「それが私にも分からないんだよ。 ただ、兄達も余り乗り気じゃないみたいだから、面倒くさくなったというか。」 「で、抜け出して戻ってきたのか。」 呆れたように言ってやる。 「まぁね。けれど、良かったよ。」 その言葉の意味に気づかないほど自分も馬鹿ではない、と思っている。 確かに、反論できない要素が多すぎる。 楸瑛が予定をすっぽかして此処に帰ってこなければ、俺は夜中ずっと外で寝っ転がっていたかもしれないわけで。 否、間違いなくそうなっていただろう。 俺の心中に気づいただろうに、全く別の話を向けてくるこいつは何なんだろう。 「絳攸、コートを脱いだら?室内では熱いだろう。」 そう言われれば、 色々と思うところもあって、靴を脱いだ後は何一つしていなかった。 真冬の寒気が襲う外ならいざ知らず、こんな暖かい室内でコートはかなり浮く存在だ。 「あぁ、」 相変わらずその程度の返事しか返せない自分に嫌気がさす。 静かに脱いで畳んでソファーの横に置くと、やっと人心地付いた気がした。 ―――――― と、ガシッと捕まれた腕と手加減無くそれを掴む男の顔が目に入り、息を呑む。 「絳攸、・ ・ ・ ・君は、」 「な、んだ。」 先ほどまでの穏やかさとは打って変わって、苦虫を噛み潰したような表情で俺を睨む楸瑛。 その意味が分からない、何故そんな顔をしているのか。 楸瑛の顔と腕が重量感を持って静かに此方に伸びてきて、思わず身を引く。 俺の怯えを見て取って体の動きは止まったが、腕は頬を通り過ぎて、 少し湿り気を帯びた手のひらが首筋に触れた。 「っ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・!!」 優しい手が労るように俺の首筋を上下に撫でてゆく。 反射的に目を瞑って息を止めた。 「ねぇ、絳攸。これは誰に付けられたの?」 「はっ、・ ・ ・ ・ 何のことだ。」 「これだよ、」 そう言ってツンと、突かれた処には覚えがあった。 思い出した途端、顔が熱くなる。それを楸瑛が見逃してくれるはずもない。 「心当たり、あるんだね。」 殊更テンションを上げた声で、「誰だい?」と聞いてくる。 まずい、本気でまずい。伊達に中学の時からの腐れ縁はやっていない。 こういう時の楸瑛はひたすら何処までも本気なのだ。 下手な言い訳などしようものなら、それこそどうなるか分からない。 「へぇ、あの大西先輩にね〜。」 「あぁ、そうだっ!」 半ばぶっきらぼうに返してしまうのは、あの行為への怒りか、楸瑛への羞恥心か。 今頃、俺の顔はそれこそ真っ赤に火を噴いているだろう。 人生最大汚点と呼べる失態を、あろう事かこの年中常春頭の男に話してしまったのだ。 何もかも、包み隠さず。 「おい、」 「ん?なんだい?」 「や、その、何とか言え。」 先ほどから、ふ〜んだとか、へぇ〜しか発しない男を訝しみ声をかける。 するとそいつは少し考え込み、此方をちらっと見た後、何故か恐ろしいほどにこやかに笑った。 「ねぇ絳攸。取り敢えず消毒、しておこうか。」 「はっ?」 と同時に首に感じた本日2回目の感触に、再び自分の頭がショートするのを感じた。 ――――― 後日。 恐る恐るバイトへ向かった絳攸が、かの先輩の不幸を知るのはまた別のお話。 date:2006/09/18 By 蔡岐 【宿花 , "君はいつでもそうやって、僕の心を掻き乱す"】 |