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  紺碧に舞う桜吹雪

  軽やかに甘く薫るそれは、何処までも人の心を脅かす






   スタッカート



新築のような体育館を出てそのまま図書館へ向かう。
嬉しいことに今日は至る所に張り紙がしてあったので、 自分にしては本当に珍しく一度も迷わずに目的地に着くことができた。
本校舎の北、少し離れた場所にひっそりと佇む第一図書館は総レンガ造りでかなり重厚感があり、 頻繁に通っている自分でさえ呑まれてしまいそうな強烈な雰囲気を纏っている。
けれどそれはあくまで外観の話であって、一歩中に入れば、 仏の如き柔和な表情の方が、彼の性質と同じ穏やかな微笑みを浮かべて迎えてくれる。

そこでようやく式が終わったのだと、実感した。





「それでは、絳攸君。済まないが、後を頼むね。」

その言葉に大きく頷くと、にっこり笑って「それじゃあ、」と言って静かに帰って行かれた。
どうやら今朝、秀麗が体調を崩して寝込んでしまって、静蘭が仕事を休んで看病しているらしい。
さっきそれを聞いて慌てて帰宅を促した。 最初は少し渋っておられたが、やはり邵可様もずっと心配だったようで、説得10分で折れてくれたのだ。
それで今に至る。

「はぁ〜、どうするかな。これから。」

本当なら邵可様とささやかなお茶会をして、今日初めての心安まる時間を過ごそうと思っていた。 たわいもない話をして、邵可様や秀麗、静蘭の近状を訊いて、俺も黎深様の事などを話して、 そうしてあいつが来る間の暇を楽しもうと思っていたのに。
少しだがお茶請けも用意してきたのだが。

「仕方がない、本でも読むか。」

過ぎたことを行っても仕方がない、間違ったことをしたも思っていないし。
それにこの図書館には、なかなか手に入らない貴重な物や、 訳の分からない物まで有りとあらゆる本が揃っている。
中2の時から此処に入り浸っているが、未だにその5分の1も読めていない。
少しでも時間があれば、書物を開くようにはしているけれど。
ここに、楸瑛がいたら、 「暇だから読書をするのか、本を読みたいから無理にでも暇を作ってるのか。どっちなんだい?」 ぐらい訊いてきそうな気もするが、あいにくと常に笑顔を貼り付けた腐れ縁は此処にはいない。

「まったく、嫌ならさっさと断ればいいものをっ。」

曖昧な返事ばかりしているから、こんな事になるんだ。

別れ際次々と群がってくる男子に苦笑していたやつの顔に悪態を吐く。
と、こんな時まであんな女誑しのことを考えている自分にも舌打ちしたくなった。
そんな事より、と。手の中の分厚い本へと視線を落とした。






曲げ続けていた首が痛い、腰も微妙に。
背筋を伸ばすと、10代のそれではあり得ないほど変な音がした。
今何時だ、と顔を上げてみると驚くことにステンドグラスの窓からは西日が差し込んでいる。
慌てて時計を見ると既に短針は5の文字盤を過ぎていた。

  何やってるんだっ、あの常春頭!!

約束では、遅くとも4時までに来ると言っていたのに。
いくら本を読んでいて気づかなかったとはいえ、待ち時間、2時間以上とはやってくれる。 俺に何か大事な用事があったら、どうするつもりなのか。あの男は。

「 ・ ・ ・ そんなにまでして、欲しい男か?」

それは楸瑛に、ではなくさきほど彼の周りで輪を作っていた人間への問い。
彼らのほとんどは体育部の2,3年なのだ。後のほんの少しは技術系の部活だろう。
理工学系を志望しているだけあって、そこら辺の知識は俺なんかより遥かに持っていて。 まぁ、ある意味でこの学園ではかなり有名なやつだから、先輩達も狙い目だと判断したのだろうか。

頭良し、顔良し、運動良しと3つ揃っているあいつへの、 女子の人気がなまじ高いのが一番の理由なんだろうが。
それにしたって、他にもっとすることがあるだろうに。例えば、練習に励むとか。
少なくとも、部活に入る気もないやる気もない男を追いかけ回すよりは、よほど効率的だ。

「だいたい、いくら外見が少し良かろうとあの中身だぞ?
スポーツとはともかくとして、恋愛に性格は関係ない、なんてあり得ないだろ。」

色恋沙汰には百戦錬磨の常春頭に、泣かされた女子生徒は数知れず。 というか、被害が校内だけに留まっているというのもにわかには信じられない。
これでもやつとは中1からの付き合いだ。 あれの女性への口説きはすでに挨拶の域に達していて、一緒に出かけるたびにそれで足を止められる。
本人、本気で好きな人がいないからその行動に自制がかかることもないし、 諫めて言うことを聞かせられる人間もほとんどいない。

「全くなんなんだ、あいつはっ!」


「何なんだろうねぇ〜。」

えっ、と振り返るとそこには少し苦笑した青年が立っていた。

「楸瑛っ!」

「やぁ絳攸、遅れてすまないね。」

「本当だっ!何やってたっ。」

「何って、逃げてたんだよ。先輩方から。もう、ほんとしつこくてねぇ。」

「ふんっ、さっさと断らないからだろう。」

自業自得だ、
目で訴えると、よほど居心地が悪かったのか俺から少し目を逸らした。
それからポツリと、「すまない。」と。

はぁー、全く何で俺はこんなやつに甘いんだ、もっとガツンと言って良い場面なのに。
ただ、珍しく額の汗を拭って息を整えながら入ってきたし、 蛇よりしつこい先輩や顧問に追いかけ回されて、 結構身体的にも精神的(こちらの方が比重が大きそうだ)にも参ったのだろうな、と思うと駄目なのだ。
瀕死の人間に鞭打つようで気が引ける、むしろ俺が悪いような気さえしてくる。

「楸瑛、」

「ん?」

「次はしっかりと断れ。これ以上お前の面倒に付き合うのは御免だからな。」

「絳攸、・ ・ ・ ・ 」

再び目を合わせた楸瑛は、打って変わって楽しそうな表情で、揶揄うように名前を呼んできた。
自分でも珍しいことをしたという自覚があるから、なんとなく決まりが悪い。

「うっ、さ、さっさと行くぞっ!だいたい今日は貴様が行きたいところがあるからって、」

「あぁ、是非君を連れて行きたくてね。私達の高校入学祝いにはぴったりの場所だよ?」

「 ・ ・ ・ ・ ・ なんで俺はまた、お前と同じクラスなんだ。」

「ははっ、良いじゃないか。これでまた迷う心配はないよ。」

「誰が迷うかっ!」

「君ねぇ、いい加減認めた方がいいよ。いつも迷ってるじゃないか、そのたびに私が ――――」

「五月蝿い!!さっさと連れてけっ!」

「はいはい。君が怒って帰る、なんて言い出さないように行くことにするよ。」

「油を注いでるのは、貴様だろうがっ。」

「ははは、」

胡散臭い笑みを浮かべる腐れ縁に踊らされているような気がする、否、確実にそうだ。
けれど、別に悪い気はしない。
普段どんなに常春に振る舞っていても、芯はとても堅くて優しいことぐらい知っているから。

「ちょっと待て、鍵を閉める。邵可様に頼まれた。」

「邵可様に? あぁそう言えば、秀麗殿が風邪を引いたんだってね。」

「知ってたのか。」

「うちの弟がお見舞いに行くって、張り切ってたんだよ。
なにやら変な物体と笛を持って、出て行ってしまってね。」

止めろよ、とはさすがに言えない。
あの奇人変人、四季問わず本当に頭に花を咲かせているやつに常識を解いても無駄だ。

「逆に悪化するんじゃないか?」

「 ・ ・ ・ ・ ・ 後で、体に良いものを送るよ。」

静かな沈黙。

「あ〜、戸締まりしたぞっ。ほら、沈んでないでさっさと連れてけ。」

「そうだね、そろそろ予約の時間だし。待たせたお詫びをしましょう、姫。」

「誰が姫だっ!!」

「君がだよ、絳攸。愛しい人。」

「なっ、」

頬が熱く火照ってゆく。
こいつついに男にまで、巫山戯た台詞を吐くようになったのか。
不意打ちでうまくかわせなかった事が悔しい。結局、俺はこいつの手のひらで踊っているだけだ。
睨みつけてやると、やつは微笑ってゆっくりと歩き出した。

「貴様ぁ〜〜っ!!」

羞恥心を押し隠して、不機嫌な声を作る。やつにはそんな事お見通しなのだろうけど。

「ほらっ、行くよ絳攸。」

「待てっ、一発殴らせろ!」

そう言いながら、見失わないように楸瑛の背中を追いかけた。


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なんか、現パラ連載になってきました。
学園物がツボなのかも、絳攸のセーラー服に憧れます♪(やめれ)
楸瑛は学ランより、ブレザーの方が似合いそうですよね。
けど、やっぱ二人とも私服が良いです。(うわっ、既に学園じゃない)

date:2007/04/01   By 蔡岐

【宿花 , "スタッカート" …「何でもありな100のお題」より 】