楸瑛×絳攸 , 〜 貴方を恨んで流す涙 〜 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ あり得ない夢を見た。 夢なのだから、実際に起こる訳はないのだけれど。 それでも『ありえない』、と自分に言い聞かせなければならない夢で。 その時の光景が脳裏に浮かんで、震える手で、同じく小刻みに振動する肩と己を取り巻く常闇を掻き抱いた。 情けない、たかが夢ごときに、―――――― 俺は、現実でもっと悲惨なものを何度と無く見てきたはずなのに。 それこそあの風景よりも、もっと混沌として腥い、・・・・・・ 直に手を下した事はなくても、紅家という大貴族である以上、 あの方も決して少なからずそう言う決断をしているわけで。 養い親の『他人』という部類の扱いは、十二分に知っている。 その処置をまざまざと見せられた事はなくても、何年も共に過ごしてくれば、 いくら鈍い俺でも遅かれ早かれ気づくほどの量である事も確かで。 その『処置』を見なくて済んだのは、あの方なりの配慮だろう。 その事に喜びを覚えた自分に吐き気がする。 ――――――― 楸瑛、 会いたい。 会って、藍染めの裾を掴んで、艶のあるまっすぐな髪に指を入れて、あいつの優しい漆黒の瞳に俺を映したい。 俺より少し低い体温を感じて、軽やかな苦笑を聴いて、逞しい背中に手を伸ばして。 赤面ものの愛の囁きも、未来への約束もいらない。 言葉はいらなくて、 ただ穏やかに、訳を聞かずに抱きしめ返して欲しい。 文官に戻って欲しい、だなんて我が儘は言わないから。 お前が隠してきた事にも、これから出来る秘密にも決して触れたりはしない。 だから、 どうか手の届かないところへは行かないでくれ、 俺がどれだけ手を伸ばしてもたどり着けない場所へは。 お前がわざわざ買って出る必要なんて無い。 「っ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ っ!!」 莫迦だな、あいつを引き留める言葉なんて、存在しないのに。 藍、楸瑛は。 あいつは一度決めてしまったなら誰の命も聞かない。 主上も藍家当主達でさえ、本当の意味であいつが決断を下したのなら、それを覆す事など出来ないだろう。 否、もしかしたら誰も止めないかも知れない。 楸瑛自らの判断ならば。 俺は、・・・・・ 考えるまでもない、 俺には、あいつを『止めない理由』がない。 誰もあいつを止めないかも知れない。 むしろ、きっと武人の誉れだと、さすが藍家だと奨励されるだろう。 それでも。 頬を顎を生暖かい滴が伝う。 だから嫌だったのだ。あいつと深い関係になるのは。 生きて戻ってこれるか分からないほどの深淵に自ら飛び込むなんて。 あの男の瞳のような、濃紺の闇。 案の定、曲がり道さえ分からなくなってしまった。 「嫌いだ、・ ・ ・ ・ お前、なんてっ ・ ・ ・っ」 大嫌いだ、俺から何もかも奪っていって。 『夢』で終わらせてくれないお前が。肝心な事は何一つ共有してくれない。 冷たい、自分の体温で暖められているはずの寝台さえ。 辺りはまだ暗い。 出仕して常春の顔を見れば、この焦燥も収まるのだろうか。 じくじくと胸を苛む痛みを無視して、目を瞑れば鮮やかに浮かび上がる男の面影に意識を凝らした。 |