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役に立たない救命道具 [2]
date:2006/08/04

    カタッ


ふとした物音に目を開け、楸瑛は暗い天井を見上げて起きあがった。
思いの外言うとおりに動く体に、日頃何かとかの将軍二人に鍛えられた成果かと笑う。


「何笑ってる、気味が悪いぞ。」


ふいに扉の方から聞こえた冷たい言葉にも楸瑛は驚かない。否、彼が其処にいることは既に気が付いていた。 これでも一応は左羽林軍の将軍職を拝命している身、例え眠っている時でも気配には常人の何倍も敏感なのである。
驚きもせずにただ微笑みを浮かべる楸瑛が気に入らなかったのか、彼は大股で寝台まで来るとどっかりと楸瑛の横に腰掛けた。


「その薄気味悪い笑いを止めろ。」

「薄気味悪いとは酷いね。でも、うれしいよ。まさか君が来てくれるとは思わなかった。」


そういうと彼はあからさまに気分を害したように眉間にしわを寄せた。
だが楸瑛が予測したような怒鳴り声は響かず、代わりに少しの逡巡の後、ぶっきらぼうな声が楸瑛の耳を打った。











絳攸はただ目の前で沈黙を守る男を睨み続けた、逃れることは、はぐらかすことは許さないと知らしめるために。
その中で、此処に来る前朝廷で聞いた事を思い出していた。



「藍将軍からの伝言です。・・・『すまない、迎えに行けなくなった。』と。」

「迎えなんぞいらないとっ!!」

「まぁ、それは本人に言ってください。では。」

「ちょ、待て静蘭。・・・・・・その、迎えに来れないって、何か用事ができたのか。」

「さぁ、よくは分かりません。ただ昼過ぎに黒大将軍に追い出されるように帰られました。」

「・・・・・・?」


その後、どうにか探し出した黒大将軍に事情を訊くと、数日前から体調を崩していたのだと知らされた。 そして、主上に至っては・・・・・・。


「えっ、楸瑛?」

「そうです、主上はあいつの調子が悪いと知っていたんですか。」

「はっ?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・絳攸は知らなかったのか?」


思わず目の前が暗くなった。
側にいながら、気づいてやれなかった。愚かな自分に嫌気がさす。
そして―――――。

所詮、自分は彼にとってそこまでの人間だったのだと言われた気がした。
国試で及第して文官として働き、彼が武官に転向してからも何だかんだと共にいることが多かった。 主上の双花菖蒲となってからは毎日顔を合わせて。
嫌だった、煙たかったはずなのに、いつの間にか自分の心の半分を占めるようになっていた男。
けれど彼は違った。その事に対する失望、悲しい。



放っておくと何処までも落ちていこうとする思考をどうにか食い止め、目の前の男に視線を合わせる。


その時。






   ・ ・ ・ ・ ・ は?

何をされたのか気づいた時には、既に逃れることは敵わなくなっていた。


「き、貴様一体何「少し、少しだけこうしていて。」」


耳のすぐそばで聞こえる声に震えそうになる体をどうにか抑え、絳攸は未だ自分を束縛して放さない男の胸を叩いた。
するとそれに答えるように、楸瑛は抱く腕を少しだけ弱めて彼の肩口に頭をもたげる。


「・・・ほんの、少し。」


それを境に、部屋を静寂が包み込んでいった。