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「真っ赤、だってばよ……」

明々と、ただ真っ赤としか言いようのない太陽を見て、何かが疼いた気がした。
それは覚えているはずのない、「あの時」の情景を連想させた。


その時、俺は初めて「俺」の存在に舌打ちした。





帰り道



――酷似していた。


そういう表現はおかしい。
俺は里の大人の誰もが恐怖したあの日の記憶なんて持っちゃいない。
あの時、まだ俺は生まれたばっかの目も開かない赤ん坊だったはずだから。

だから、
――懐かしい、なんて一瞬でも感じてしまった心に酷く動揺する。


だって、だってそれは。

それは、俺自身の記憶では無いという証だから。


俺が持ち得るはずのない感情を持ってしまっている俺。
それはすなわち、俺の中に「俺でないモノ」の気持ちが流れ込んできているという証拠になってしまいそうだから。


「巫山戯んなっ、」


思わず、苦い声を出す。
周りに誰かの気配は、いや誰の気配もない。
木ノ葉への帰還途中、しかも前衛として「本体」に先行して動いている「俺」の周りには、ただただ夕日に照らされて橙に光る葉や木の幹が広がるだけだ。

もっとも、そうじゃなきゃ困る。
後ろから来る本体が異変を察知するために、俺が前を移動してるんだから。

「俺」は異常を発見するためにここにいて、実際に事が起こった時は「消える」事でそれを「本体」に伝えるのだ。
まあ、敵の場合は戦ったりもしちゃうけど…。


――ああ、でも。


「あいつが悲しむってばよ」


その事に、「俺」のほうが沈んでゆく。
何事もなく里に帰還とできたとして、その時どっちにしろ俺は本体に戻るのに…。
どうせ一緒なのに…。

――それでも。

俺が消えて本体に戻った時。
本体のあいつは、俺がこの神々しいまでの太陽を見て、なんて感じたかを知るんだろう。
知って、きっと鬱ぐんだろう。
仲間には決してそんな顔を見せなくても、きっと苦しむんだろう。

「そんな必要ねぇのに……、」

「俺」はお前の一部だけど、「俺」がお前そのものなわけじゃない。
俺は数あるお前の中で、たまたま九尾の野郎の支配が強い部分だった、……ただそれだけのことなのに。

くそっ、割切れねぇっ。

俺が割り切れなくてどうするんだってばよぉ!!





日は沈んでゆく。

本体達は後からゆっくり来る予定だから、俺はそんなに急がず早足くらいのペースで木の枝を飛び越えていく。

ゆっくりと、けど刻一刻と。

赤の色を増して、光の強さも増して、存在感すら肥大させ。あの日を揺り起こす太陽は、地平線に飲み込まれていく。
その様子を、忌々しく見守る。


「違う、」


そうだ、――違う。

太陽が地平線を飲み込んでいくのだ。
暗い暗い地面を、緋色の塊は浸食し溶かしてゆく。

その景色を、後ろ暗い思いで見つめてる俺は、馬鹿以外の何ものでもないってば。
俺はあの日なんて知らないのに。
それでも、「本体」からほんの少し多めに受け継いだ、九尾の野郎のチャクラが俺を揺り動かす。

『あれは、良かった』

…と。
そう、俺の腹の中から声がするようで、心底うざい。


『地に這い蹲る人間を、九つある尾のうち一本の一振りで肉塊に変えるのだ』

『火遁など、小賢しいものを使いよる仮面共を喰ろうて、』

『小僧…貴様と同じ、金の髪の男に足を振り下ろしてなぁ』


黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れっ!!!

叫んでみても、声は虚しく赤色の森に吸収される。





「…っちくしょう!!」


俺の悲鳴は誰にも届かない。
…いや、あいつにしか届かない。
その事が絶望するほど悲しくて、せめて本体の仲間に伝えたいのにそれもできなくて、さらに悲しみは増す。

俺は本体の安全を守るために、ここにいるはずなのに。
俺は、「俺自身」であるあいつと、俺が大好きであいつが大好きな仲間を守るために、木の枝を飛び危険を探しているはずなのに…。

なのに、何でだ。
何で、いつも、こうもうまくいかないんだってばよっ。



嘲笑うように激しさを増す輝きに、ぐっと目を瞑る。
それは、哨戒中に絶対してはいけないことの一つだ。

――それでも、我慢できねぇ。

そう思って、俺は走るのを止めた。
木から飛び降り、雪解けしたばかりなのか、湿っている地面に着地する。
東の空はもう夜に支配されていて、雲一つ無い空には何にも遮られない星の光がうっすらと見え始めている。

その時、急速に辺りが暗くなった気がした。

俺は慌てて、周囲を警戒しながら西を見る。
太陽は、今まさに沈まんとしていた。
最後の悪足掻きとばかりに、勢いよく噴き出す鮮血のごとき色で、角度で、輝き続けている。


「くたばれ、九尾」

――ざまぁ見やがれってばよ!

そうやって毒づく。

それぐらいしか、…このやるせない怒りを収める方法を俺は知らない。
ここには誰もいない。
八つ当たりするべき敵も、甘えるべき仲間も、話し相手になってくれる動物すらも。


着実に春の近づく木ノ葉の里と、この森は対照的だ。
この場所だけは延々に冬なんじゃねぇか、って馬鹿なことを考えてしまうほど、ここには静寂だけが居座っている。

この静かさが、逆にあほ狐の回想を助長させてるんだ!、なんて思うのは、いい加減被害妄想だろうか。


泣き叫ぶ子ども…


「自分」に背を向け必死で逃げる少女…


血に伏しぴくりとも動かない忍…


「自分」を足止めしようと限界まで火遁を使おうとする暗部…



どれもこれも俺は知らない。
知っていてはいけない、情報だ。

目も開かない赤ん坊の頃の記憶を持っているなんて知れれば、今以上に里の上層部に警戒されることなんて目に見えている。
いくら木ノ葉のトップは火影だと言っても、やっぱり1人で里の運営全てが決まるわけじゃない。
俺を守ってくれている人達にも、迷惑をかけることになる。

――それだけは絶対にしちゃいけないんだってば。


残光は急速に消えていった。
完全なる夜が、この森にも訪れる。



俺はまた、ゆっくりと里へと進み出す。
まだ俺の探知機には、本体も敵も入ってはこない。
その事に、何となく安堵しながら、俺はできるだけゆっくりゆっくりと周囲への警戒を強くする。

――それが、本来俺に与えられた命令だった。


「俺があいつの元へ戻るのが、少しでも遅くなれってばよ」

あいつが仲間と和気藹々と、ゆっくり帰還してくれるように祈る。
異変も何も起きず、俺がのんびりと里にたどり着けるように、祈る。
俺が眉を顰めて唇を噛みしめるように、あいつが無理して仲間に笑うことのないように、祈る。


俺は、「俺自身」であるうずまきナルトを守るために……。


そのために、今、ここで夜空を見上げているのだから。



date:2009/02/23   by 蔡岐