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一番星
date:2006/05/13



毎度の如く遅刻してきたカカシを待って始められたDランク任務は、 毎度の如く夕方近くになりようやく終わった。

ナルトは熱心にサクラに話しかけ、 サクラはサスケに注意を向けながらもナルトの話に付き合っている。
サスケと言えば、言わずもがな、二人の後ろを黙って歩いていた。
そんな教え子達のいつもの光景にカカシは苦笑を漏らす。

 ―――――と。


「あっ……」

ナルトが前を見たまま固い声を上げ、そしてカカシに辛うじて聞こえるほど小さく呟いた。

 慰霊祭――……

突然黙り込んでしまったナルトに前の二人は疑問の眼差しを向ける。
生憎その理由に察しのつくカカシはただ静かにナルトを見守るっていた。

「どうしたのよ、ナルト」

サクラが立ち止まり、空を見上げているナルトを覗き込み尋ねる。
態度にこそ出してはいないがサスケもこちらに注意を向けていた。

「………………何でもねぇってばよ!
カカシ先生のせいでもう慰霊祭始まっちゃったなぁ、と思って」

重苦しい雰囲気を吹き飛ばすかのように笑顔で言うナルト。
サクラ達はその言葉にようやく合点がいったようだ。

「そっか、今日慰霊祭だったんだわ」

「そうそう。俺ってばすっかり忘れてたってばよ」

「ちょっとナルト、あんたねぇ。この日を忘れるなんて忍としてあるまじき事よ!」

サクラの言葉に「笑顔のナルト」が凍り付く。
カカシもここ暫く流した事の無かった冷や汗が出てくるのを感じた。
慌てて止めようとしたが、もう遅い。

「四代目火影様が九尾を倒して里を守った日なんだから。
……亡くなられた日だから、騒ぎ過ぎるのはちょっと不謹慎だと思うけど」


(あちゃぁ――…)

口の中で呟いて思わず頭を抱えるカカシ。
しかし。
やはりというかさすがというか、カカシのネーミングセンスは抜群だったというか。
ナルトは今度の発言には一向に気にした風なく、いつも通りのテンションで返した。

「え――っ!!俺ってば祭り大好きなのにっ!」

「お祭りなら他にもたくさん行われるでしょ!」

「うぅぅ――っ、分かったってばよ。
ん?カカシ先生何立ち止まってるんだってばよ。
早く行かなきゃ任務報告書出しそびれるってばよっ!」

「えっ?あ、あぁ……」

ナルトとサクラの会話に気をとられて、いつの間にか立ち止まっていた自分を、 いくら里内だとはいえ気を抜き過ぎだと叱咤して、3人の後を追って歩き始める。
短いやりとりの間にも空はいよいよ朱に染まり、 染め上げられた雲は自らが太陽の邪魔だと言わんばかりにどんどん通り過ぎてゆく。
その合間から見える太陽は、まるであの日の再現のように赤々と輝いている。

「カカシ先生っ!早く!」

前方、他と同じく全身を赤い光で覆い尽くした生徒達が、こちらを向いて早く来いと叫んでいる。


  ―カカシッ!

血に濡れ汚れた忍装束を着、荒い息をつきながら、それでも最後まで火影を信じ戦い続けた友。
その姿が、声が、影が、唐突にカカシの前を過ぎて、……消えていった。

「カカシセンセッ!」

近くで聞こえた声にハッとして下を向く。
そこにはかつての師と同じ、金の髪を赤く染めた少年の姿。

(よかった……)

自分の顔の大半が覆われて外部からは見えない事に、これほど安堵し感謝したのは初めてかも知れない。
黙ったままのカカシに痺れを切らしたのか、ナルトはカカシの手を掴んで強引に受付所に向う。
その光景にも不思議と既視感が湧いてきた。
理由は、カカシにもよく分からないのだけど。

(う〜ん、やっぱり雰囲気、かねぇ)

普段は正反対とも言える言動をするのに、この少年は。
こういう時だけは異様なほど彼の親を思い出させるのだ。
カカシが過去の自分を嘲り弱気になっている、そんな時だけ。

(ホント、敵わないなぁ。この親子には)

カカシの向ける視線の先では、 先ほどからナルトとサスケが言い争い(大方ナルトが吹っ掛けたんだろうけど)を始めていた。

 黙れ、ウスラトンカチ
 ウスラトンカチじゃねぇーってばよっ!
 お前以外の誰をそう呼べってんだ
 あぁーーっ!むかつくってばよーーーっ!!馬鹿サスケッ!
 ちょっとナルトッ!!サスケ君に向かって馬鹿とは何ヨッ!!

生徒達の楽しい(?)会話を耳に入れながら、カカシは太陽が沈んだ空を見上げる。
そこには真ん丸の青白い月が自分の存在を見せつけるが如く、煌々と輝いていた。

(ここまでそっくりだと、本当に不気味だねぇ)

あの日に……

その言葉は敢えて言わない、口に出してしまえば真実になりそうな気がするから。
けれど、もう先ほどまでのカカシはいない。
この血だらけの手を握り、人との関わりを避けてきた自分の周りを囲み、 怒って呆れて笑いかけてくれる仲間がいる、子ども達がいる。


大丈夫ですよ…あいつを失って、彼女を失って、あなたを失って……

―時には自分でさえも


…………けれど、

俺にもようやくあなたが見ていたものが、見えるようになりました

だから――……


「――大丈夫ですよ、先生」

「へっ?」

何?と首を傾げるナルトの頭に手を置いて。
その柔らかい髪をワシャワシャと撫でる。
そして「何すんだってばよっ!」と叫ぶ子どもに顔を近づけて。
その耳に、彼だけに聞こえる声で小さく囁く。

「誕生日オメデト、ナルト」


 …………………………ッッ!!!

今度こそ呆然と立ちつくす小さな生徒ににっこりと(カカシにしては清々しい)笑顔を向け、 繋がれていた手を取って歩き始める。
未だ驚きが醒めないナルトはカカシに引きずられるようにして後ろを歩いている。
それを横目で見やり、カカシは今はもう面影さえも見つけられない忍達に思いを馳せた。


あなた達が残してくれたものを、今度はしっかりと守っていきます

だから安心してください

忘れません…………あなた達という存在を……


既に暗くなった空には、当時は気づかなかった美しい星が瞬き始めていた。



by 蔡岐
【宿花 , "一番星" …「何でもありな100のお題」より】