*





走り続ける、小雨の中を。

絶えることのない賑わいを視界の端に納めて、精一杯明るく笑った少女を想う。




ひりひりと うずく胸には 約束を


止み始めた雨を見届ける前にバイト先を出た割に、家に着くのはかなり遅れた。
それだけ人通りは激しかった。
さすがクリスマスイヴだと、諦めるしかない。

電話越しに望美の言った言葉が、甦る。
馴染みの店長からの急な要請でバイトが決まり、望美にキャンセルの電話を入れたとき、 あいつは精一杯笑った声でデート中止を承諾した。
その時ちょうど虫の居所の悪かった俺は、不用意なことを言って結局怒らせてしまったが。
プッチリ、と切られた通話に、後悔しても遅かった。

「寝ちまってるかな」

呟きながら扉を開ける。
時計の針はすでに1時を回っている。

「ん?」

予想に反して、リビングにはまだ電気がついていた。

「望美?…まだ起きてたのか」

明かりだけで、望美の姿はない。
ちらりと、開いている寝室を覗いてみたが誰もいない。
室内は外より少し暖かい程度で、俺にはちょうど良いが、動いていない望美には寒いくらいだろう。

「おい、聞こえてるのか?」

返事はない。
リビングにもいない。
――と目をやったところで、ソファーに横向きに寝ている望美を発見した。

「……おい」

やっと見つけたと思ったら、熟睡してるし。
風呂上がりです、と主張しまくっている薄い格好で、寒そうに足を擦り合わせているが一向に起きる気配はない。
思わずため息が出た。

「風邪引くだろうが」

髪も、まだ若干湿っている。
ドライヤーを面倒くさがって、おざなりに終わらせようとする姿が目に浮かぶ。

「起きろ、望美。髪を乾かしてから寝ろ」

ゆっさゆさと体を動かすが、むにゃむにゃ言う割に起きない。
埒が明かないと、回り込んでソファーの前に来ると、ぺちぺちと望美の頬を軽くたたいた。

「まじで爆睡だな」

のぞみーーっ、と耳横で呼びかけても反応なし。
ここまで寝穢いと、いい加減頭にもくる。

「望美、今すぐ起きなきゃ襲うぞ」

望美の耳元で囁く。
やっぱり反応はない、ので実力行使に出ることにした。

「ん……っ」

望美の苦しげな鼻息が聞こえて、心の中でにんまりと笑う。
起きないおまえが悪いんだからな、と自分に言い訳してさらに行為を進める。
合わせているだけの唇から、半開きの口へ向かって舌を出す。
そのまま動きのない望美の舌に吸いつき嘗める。

「ぁ…ふぅ…………っ」

望美の眉間に皺がよる。
苦しい、と顔を背けようとするのをがっちりと押さえ込んで、口内を蹂躙した。

「んーっ……あぁっ」

顎に手を添え、顔を固定する。
歯列を舌先でなぞり、上顎を吸い上げ、舌に自分の同じものを絡める。
解け合った唾液が望美の唇からこぼれ落ち、喉を伝うのを追い、下から嘗めあげた。

そこでようやく眠り姫は目覚めた。


「……」

「よっ、やっと起きたな」

軽く笑いかけるが、まだ望美は固まっている。
好都合、とばかりににやりと口を歪ませ、てらてらと光る紅い下唇に吸い付いた。

「っ!!ぁ…ん……、んーーっ!」

唇を合わせてぴったり2秒後にようやく我に返った望美が暴れ出す。
必死で、流されまいと俺の胸をたたく望美の力はそれほど強くはないが、 機嫌を損ねるのも得策ではないので、このくらいで切り上げる。

「はぁ……っ、んもう!将臣君!!」

キッ、とこちら睨みつける目は潤んでいて迫力なんて全くない、色気ならとんでもなく満載だが。
思わず漏れた笑みを、望美が目敏く見つける。
開きかけた望美の口に素早く指をあて黙らせると、俺は緩んでいた表情を引き締めた。

「おまえ、髪はちゃんと最後まで乾かせって何度言ったらわかるんだよ」

「え?」

「風邪引くぜ、ほら座れ」

「う、うん……」

素直にちょこんとソファーに座った望美を見てから、俺もその横に腰を下ろす。
癖のない望美の髪に指を差し、絡ませる。
軽く手櫛で梳いた後、俺より少し低い位置にある頭をゆっくりと撫でた。

「今日、ごめんな」

「え……?」

「急なバイト入っちまって、…待って、たんだろ」

「……うん」

「わりぃ」

柔らかな望美の髪に手を置いて、まるで慰めるように宥めるように、 望美にしっかりと届くように言葉を紡いでゆく。
望美はさっきから下を向いたまま、俺を見ようとしない。
理由はなんとなく察してついて、けれどそれには触れず話し続ける。

「計画全部無駄になっちまったな」

「そ、…なことないよ。明日また行こう?」

「ああ、もう今日だけどな」

「今日……?」

「時計見てみろ、とっくにイヴは終わってる」

「あ……、ほんとだ」

やっと俺を仰ぎ見た望美は、そのまま振り返り時計を確認する。
1時を30分回った長針は、ゆっくりゆっくり次の目盛りへ動き続けている。

「将臣君、今帰ってきたの?」

「少し前だな、……おまえを起こすのに時間がかかった」

「もうっ」

笑って顔を覗き込むと、ふくれっ面の望美が俺を見る。
頭に置いていた手を後ろへ回し、そのまま俺の肩に引き寄せる。
首や頬に触れる髪がくすぐったい。

「お疲れさま」

「ん」

「遅くまでバイト、……雨も降ってたのに」

「ほとんど止みかけだったけどな」

「そっか、じゃあ今日は晴れるね」

「だな」

言うと同時に、ぐいっと望美とのほとんどない距離を縮める。

「クリスマスは、今日が本番だろ」

そして、まだ少し腫れぼったい唇に、もう一度唇を重ねた。



date:2008/09/02  by 蔡岐

TV , "ひりひりと うずく胸には 約束を"…「言葉で綴る漆題-其の壱-」より】