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彩雲国物語(現代学園もの)
戦国バサラ(現代学園もの)   2008/11








彩雲国物語(現代学園+双花)

揺らめく旗に砂埃があがる


「いくぞぉおおおーーっ」

掛け声とともに、あわせていた手を振り上げ絳攸も走り出した。
目指すは白の陣地。
あの、心の底っからムカつく女狂いでいけ好かない薄ら笑いを浮かべる万年常春頭莫迦男のもとだ。
あんなのと、腐れ縁とはいえ5年以上顔を合わせている俺も、相当の変わり者かもしれない。

砂埃が顔にかかる。
目に入らないように手で覆いながら見据えるのは、白い鉢巻をし棒を支える前方の塊だ。

ドドドッと地面を踏みしめ、その塊に群がる赤鉢巻の男達の背中を見て、歯を食い縛る。
自分の足じゃ、到底体育会系男子と同一に戦えないとわかっていたが、 赤組の中でもかなり攻め遅れていることに腹が立つ。
こんなことなら、せめて事前練習くらいしておくんだった。
体力がないから棒持ち組にも向かないからどうしようもないが…………

「……っにしても、マジで情けないな、これは」

足の速いやつは既に相手方の深くまで攻め込んでいて、中心で支えているやつらに迫っている。
俺はようやく白い群れの外側についた。
滴る汗を手の甲で拭う。

「10月だっていうのに、なんでこんな暑いんだっ!!」

10月初頭まで空を覆っていた雲は取り払われ、今日は快晴、絶好の運動会日和だ。
今まで活躍していた寒冷前線が弱まり、今が好機と南の熱気が押し寄せてきた。

炎天下の中でむさ苦しい男共のタックルを受けるなんてね。
試合開始前、というか大会開始直前生徒会室で涼んでいた楸瑛が漏らした台詞を思い出す。
言った本人は、不敵な笑みを浮かべ自分に向かってくる男達をなぎ倒していっている。
額に結ばれた鉢巻の色は白。

絶っっっ対にお前には負けん!!!

生徒会室で叫んだ言葉をもう一度かみ締める。
そう、絶対に負けるわけにはいかない。
楸瑛にだけは絶対……っ

「うぉおおおっああぁぁぁーーっ!!!」

雄たけびをあげ、周りの仲間に迎合する。
キャラじゃなかろうが面倒くさかろうが、背に腹はかえられない。
目指すは、烏合の中心に伸びる一本の細い棒のみ。


……

…………

……………………


「さぁ、絳攸約束を果たしておくれ」
「…………」
目の前にいるものを必死に凝視しまいとする絳攸。
その涙ぐましい努力を人差し指ひとつで無情にも捻り潰したのは、 彩雲学園高等部2年生体育総務にして今回の運動会白組総大将を負かされていた楸瑛だった。

絳攸が雄たけび(本部席にいた劉輝に言わせるといきなり床が抜けたときのリアクション) をあげたのとほぼ同時に、突撃組だった楸瑛は赤組の棒を倒していたらしい。
絳攸がその事実を知ったのは、つい今さっき。
敗戦のショックが抜けず呆けていたところを、劉輝と楸瑛が引きずるように生徒会室に連れてきたのだ。

「………………」

負けたことを認めたくないのか、絳攸はだんまりを決め込んだまままだ。

「絳攸?」

対する楸瑛は、獲物の鼠を逃げられないように密封した部屋に閉じ込め、 じりじりと隅に追い詰めるのを楽しむ猫みたいだ。
はっきり言って趣味が悪い。
少し離れたところで二人の攻防を見ていた劉輝はそう思った。

「ううっ……」
「ほら、絳攸。いい加減にあきらめて、ね?」

劉輝は二人がどんな賭けをしていたか知らない。
絳攸を襲った不幸というか、天災の内容は、二人だけ(被害者にあったという意味では絳攸) だけが知っている、らしい。

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戦国BASARA(現代学園もの)

11月の半ばの、曇天のある日。
普段は簡素で、愛想のかけらもない鉄筋とコンクリートの固まりが、飾り立てられるイベントがある。
入学式と卒業式、文化祭、音楽祭、もう一つが芸術祭。
通常、芸祭と省略される。

「どうしてこの世に芸祭なんて、あるんだろうねぇ」
俺の声に、展示室にいた慶次が反応した。
かすがちゃんもぴくりと動いたけど、表向き無関心を貫き通している。
その姿に、わぁー可愛い、と思ったけど、今はそんなかすがの行動を観察する気も起きなくて、俺は机に頬をつける。

「んー?なになに。しーちゃん機嫌悪い」
「……誰がしーちゃんだって。慶次」
「だから言いにくいんだって。それで、何でテンション低いんだ?」

テンション、確かに低い。この上なく低い、と思う。
なんでなのかは、だいたいわかっているが、それを言ったらきっと慶次には笑われ、かすがにはあきれられるから言わない。
うにゃうにゃとはっきりしない自分の思考に、嫌気がさして溜息が出る。

「佐助鬱陶しいぞ。こちらまで暗くなる」
「かすがちゃん冷たい」
「当たり前だ。お前に優しくしてやる義理はない」

いつも通りなそのやりとりに、少しだけ気力が戻る。
かすがちゃんが俺に冷たくて、というより謙信様以外の周りの連中に冷たいのは今に始まったことじゃない。
それは、周りの全員がわかっていて、だいたいの人間は微笑ましく二人を見守っている。

「かすがちゃんは、上杉一筋だからなぁ」

慶次のほんとに何気ない一言に、かすがは見る見る青筋を立てた。

「前田っ!謙信様を呼び捨てるな!!」
「だって俺つきあい長いしー」
悪びれない慶次の返事にかすがちゃんは「うっ」と呻いて悔しそうにする。
これもお約束だ。
心底のどかな雰囲気なのに。
なんでだろ、ホントにやる気がでなくて、すべてが急に面倒になってしまう。

「はぁーーー」

盛大な溜息をはきだした俺に、慶次とかすがちゃんは顔を見合わせ、机にへばりつく俺を心配げに見下ろす。

「……マジでどしたの?」
「鬱陶しいぞ、佐助。真田と何かあったのか」
「旦那ぁ?いんや、元気だよ。イベントごと大好きだからね、大将共々」

俺の言葉にかすがちゃんは眉を寄せた。
彼女にしては珍しく(それが悲しいとこだけど)本当に俺のことを心配しているらしい。
慶次も、しゃがみ込み俺をのぞき込んでくる。

「そうじゃなくてさ。幸と何かあったのかなぁって。喧嘩?」
「ああ、そういうこと」

どうやら相当、頭の回転が鈍くなっているらしい。
やばいなぁ。
別に体調が悪いとかではないから、余計にまずいと思う。

「別に何も。俺自身の問題、かなぁ。なんか、やる気がでないんだよねぇ」
「なんだそれは」
あからさまに怒ったようなかすがちゃんの声に苦笑する。
心配して損した、と顔に書いてあった。

「あははー。ごめん」

やる気のない返事が余計にかすがちゃんの機嫌を損ねるとわかっていても、テンションを上げるのが億劫で仕方ない。

「五月病、みたいな感じか」

慶次がずばっと当たりを突く。
体育会系に見えて実は文化系な慶次は、美術部と茶道部を兼部していて、この展示室の主だったりする。
たまに(マジでたまにだけど)鋭い面を見せるのは、精神鍛錬を欠かしていないからかもしれない。
でも、それを素直に認めるのは何となく癪だ。

「んーそんな感じ?」
「何故疑問系なんだ」
まったくだ。
マジでどうしたんだろう。
暇で暇でたまらないのに、何もする気が起きない。
いつも暇なときなら、旦那のお弁当とか晩ご飯とか、大将の酒のつまみとか、 今日は洗濯物何色のやつから洗おうかとか色々考えることがあるのに……。

今日に限って、ホントに考えることが億劫で困る。
帰った後、悲鳴にあげる俺自身の姿が目に見えるようだ。

「しーちゃん、いっつも幸のこと色々心配しすぎ」
「そう?」
「そ!たまにさ、ぱーっと息抜きしないから一気にガス欠になるんだよ」

慶次が至極最もらしいことを、もっともらしく言っている。
……明日は雹が降るな。

「前田にしてはまともなことを言ったな」
「酷ぇ、かすがちゃん。んじゃ、俺ちょっと行ってくる」
「は?」

じゃーねぇ、と言って、慶次は本当にどこかへ行ってしまった。
大丈夫か?
このスペース代表あいつなのに。

「さて、5時だ。そろそろ片づけを始めるぞ」
「え。あー本当だ。ちくしょう、慶次のやつ逃げたな」

後かたづけなんてただでさえ面倒くさいってのに!
憤慨していると、いつもなら「謙信様をお待たせしてしまう!!」と言って、俺以上に怒るはずのかすがちゃんが普通なことに気づく。
怪訝に思って顔を向けると、彼女は俺の顔を見て、珍しく微笑んだ。

「そうとも限らないだろう。今回だけは大目に見てやるさ」
「?」

本当に珍しい種類の笑みに毒気を抜かれ、それ以上聞けない。
芸祭は、文化祭などと違って一日だけだ。
静物画を外し、壁を飾っていた小さなイラストも次々と外していく。

今回の美術部で一番大きな作品を書いたのは、かすがちゃんだ。
『月と上杉先生』という、なんていうかすんごい作品で、2ヶ月以上前からずっと熱心に色を塗っていたのを思い出す。
そういえば、今日展示を見にこれない上杉先生が、昨日部室に来て、この絵を「たいへんおもむきがあり、かすがらしいよいえですね」と言っていた。
だからだろうか、今日のかすがちゃんはやたらと機嫌がいい。

つらつらと考えているうちに、片づけは粗方終わっていた。
ブースの掃除もかすがちゃんがやってくれてて、申し訳ない。
結局、俺今日ほとんど役に立ってないじゃんっ。


本当に落ち込み始めたとき、ガタリと展示室の扉が開いた。

「あ、慶次!!あんた、片づけ終わったら帰っ――――、旦那?」
「っ、佐助っ!!!」

扉の前にいたのは、息を切らせた旦那だった。
うっすらと首に汗をかき、生真面目なくせに襟元を乱している。
よほど慌てて走ってきたらしい。

「旦那どうし」
「佐助!!大丈夫か!具合が悪いと慶次殿がっいつからだ!?まさか今朝からか!何故すぐ俺に言わぬのだ佐助っ!!!」

俺の質問に答えず、ずかずかと音を立てて部屋に入ってきた旦那は、がしり、と俺の肩に手を置くと思い切り顔を近づけてきた。
目の前で怒鳴られて半分くらい言葉が聞こえない中、かすがちゃんが笑う声は拾うことができた。

「かすが殿佐助は大丈夫なのか!?どこか怪我をしたとか!はっ、まさか病気!?」

無駄に暑っ苦しい旦那の悲鳴が部屋に響く。
遠くで慶次が楽しそうに笑っている気がする、というか絶対笑ってるよあいつ!
旦那に何吹き込んでくれてんのさ!

「真田。佐助は少し気分が悪いだけだ。だが、今日一日はゆっくりさせてやってくれ」
「なんと!承知した!!佐助、今日は夕飯は出前を取ろう。洗濯や風呂もすべて俺がやる!」
「かすがちゃん……」

笑いを含んだかすがの声に、年中テンションの高い旦那の声が呼応する。
ああ。なんか、旦那の勢いを見てるだけで疲れてきた。別の意味で。
――――でも。

「はは、ありがと旦那。けど洗濯は俺がするよ、あんたがやると洗濯機壊しそうで怖い」
「む。そんなことは」
「前に食器乾燥機壊したこと覚えてる?」
「ううっ」

呻いて、ばつが悪そうに顔を背けた旦那に、笑いがこみ上げてくる。
確かにかすがちゃんの言うとおりだ。
今日くらいは、慶次の行動も大目に見てもいいかもしれない。

「帰るぞ。佐助、真田早く出ろ、戸締まりができない」

いつも通りにかけられた声は、もう暗い中で響いてはいない。
まだ無理だけど、明日は元の俺になって、旦那や大将に小言を言えるようになるだろう。

「行こっか旦那」
旦那を見上げて言うと、ようやく落ち着いた旦那が安心したように笑った。

「うむ。…佐助、心配したのだぞ」

その一言で、気力がどこにあったんだってくらい噴き出してきた。
俺も笑い返し、旦那の手を握って囁いた。

「ありがとう」

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