今朝降った雪はすでに水になってしまっていて、 昨日流れた血は誰も意志も関係なく、大地に浸みこまれていった。 しとしとと けぶる霧雨 溶ける声 「ちょっと平次っ、あんた今日くらい大人しうできへんの!」 「うるさいなあ、たかがかすり傷でぴーちくぱーちく」 「かすり傷言うたかてっ!」 「こんなもんけがのうちに入るかいっ、剣道やっとる時ん方が、よっぽど酷いわ」 んな訳あるか、 と叫んで引っぱたいてやりたかったけど、一応人前だったので我慢する。 さっきからタイミングを伺ってる看護師さんに愛想笑いをした。 案の定、というか、苦笑を返された。 「まあまあ、そんな事言わないで。 服部さん、明日には退院できますから、今日は診察受けて下さい」 診察時間は当の昔に過ぎている。 まだ若い、駄々を捏ねる患者をうまくいなす方法を体得していない女性は、 心底困ったという風に額に手を当てた。 しかも、その相手が無駄にがたいが良く、無意味に元気が有り余り、高校生探偵とくれば対応に困るのも仕方ない。 平次の扱いに困るたびに、ちらりと伺われるのは本当に恥ずかしかった。 「平次っ!」 お願いやから、早行って!! 心の中で何度叫んだことか。 あたしだけだったら、我が儘を貫くつもりだったかもしれないけど、 さすがに初対面の看護師さんをこれ以上困らせるほど、平次も人非人ではなかったらしい。 ぶつくさ言いながら、よっこらしょっと立ち上がった。 最初っから素直に行けばええのに。 ひねくれ者の性か、無理矢理入院させた親への意趣返しか。 どっちもあってると思う。 「和葉、」 「……何?」 顔を上げると、眉間に皺を寄せた度アップの平次が目の前に。 「うわぁっ!!」 「なんやねん、その色気のない叫び声は」 「へ、平次が急に近づくからやんかっ!」 「なんやそら。一々側寄んのに許可とらなあかんのか。 …………それよりお前、さっきめっちゃ失礼なこと考えとったやろっ」 「はっ?」 まさか、声に出してた? それは、考えるまでもなく拙いような気が…… 「アホ、丸分かりじゃ。お前、顔に出やすいからなぁ」 「なっ……!!」 「あのー、」 顔が火照る。 咄嗟に言い返そうと身を乗り出した瞬間、居心地悪そうな声が聞こえて全思考が停止した。 し、しまったっ…… わ すれ、て 「ああ、大丈夫。すぐ、行きます」 しれっと答えた平次は、そのまま看護師さんの横を通って廊下に出ていった。 その背中を目で追っていると、ばっちりと彼女と目が会い、 同情されてそうで申し訳なさそうな笑いを向けられた。 いやーーーーーっ!!! 穴があったら入りたいっ、 その前に是が非でも平次を別の穴突っ込んで蓋をして杭で打って二度と出て来られないようにするけど。 「仲がいいんですね」 そう言って、看護師さんが静かに病室を出ていった後、わたしはやつのベッドに沈んだ。 |