高く霞んだ春明けの空に 下校途中。 横から絶え間なく聞こえるすすり泣きに、いよいよ目前に迫った我が家を視界に納めた平次は、 もう本当に勘弁してくれと、さっきから何度目になるか分からない叫びをひっそりと心の中だけで呟いた。 「和葉、家着いたぞ。ええ加減泣き止めや」 「…………うん」 しかし聞こえてきた返事はまだまだ弱々しいもので、ちっとも可能性が見えない。 本格的に困った。 和葉に聞こえないように小さく嘆息する。 暖冬とはいえ、つい先月まで真っ白に染まっていた息が、 少なくとももう肉眼では確認できないほど辺りは温かくなったというのに。 (なんでこんなビクビクせなあかんねや、) まさに理不尽。 背中を流れる冷や汗に風邪を引いてしまいそうになる。 いつのまにか立ち止まっていたことに気づいたのと、 和葉が体育館から伏せ続けていた顔をようやく上げたのは同時だった。 「平次、ごめんね。もう、……大丈夫やから」 気丈にもそう言いきり微笑んだ和葉の目元は仄かに赤く、ところどころ涙の後が滲んでいて、 昼前の明るい路地の光をきらきらと反射していた。 平次は「どこがじゃ!」という反論をどうにか口の中だけでおさめると、 「ああ、」と素っ気の欠片もない声を返すと、無言で腕を突き出す。 「……平次?」 和葉の言葉の語尾にはただただ疑問だけが滲んでいる。 心底意味が分からないといった風情の様子に、平次が苛立ったように舌打ちした。 そして半ば強引にきょとんとしている和葉の腕を掴むと服部家の玄関へと引っ張っていった。 「ちょ、平次!い、痛い放してっ!」 「ぎゃーぎゃー騒ぐな。少しの間や、我慢せい!」 「な、何それ。信じられへん!」 完全にいつも通りに騒ぎ出す和葉をまったく意に介さず、 ずんずんと、他人が見たら何か腹を立てているのかと疑われそうなほど、 不機嫌な姿丸出しで進んでいく。 祖父譲りの色黒顔の中に、赤の気配を見つける事が出来るのは、 両親と幼馴染み、日頃から懇意にしている年輩刑事達くらいのものだろう。 腕を繋いだ時から、ひたすら前だけを見て振り返ろうとしないため、 和葉がそれに気づく事は最後までなかった。 「平次」 「…………なんや」 「先輩達、格好良かったね」 「ああ」 「会長も泣いてたわ」 「そやな」 「歌も、めっちゃ感情こもってて」 「……まあな」 ぽつりぽつりと話し続ける内容に、一々律儀に合いの手入れる。 返事が欲しかったわけでもなかった和葉は、それに小さく笑みを零した。 「平次」 「うん?」 「来年はうちらやね」 「…………そやなぁ」 当たり前の事、それを今二人ともが考えていたことにわずかに驚きつつ、 何とも言えない胸の揺れを隠すように笑いを滲ませて、 けれど失敗してしまったような声音にも和葉は何も言わなかった。 思わず振り向いてしまった平次を見ていた和葉は、 さきほどまでピーピー泣いていたのとは全くの別人で。 「うっ」と怯み、すかさず首を元に戻すと、笑いを押し殺す気配に余計に気恥ずかしさが募った。 「ああ、もう!五月蝿いわ!」 その敗北感に任せて、平次は自宅の取っ手を引いた。 |