*



相変わらず馬鹿馬鹿しい

date:2006/08/09

服部家の2階に険悪な空気が立ち込めてもうすぐ1時間。
2人しかいない部屋の中では、平次と和葉が互いの背中にもたれかかるようにして、 否、触れる寸前の体型で体育座りをしていた。






「おい、ええ加減に機嫌なおせや、和葉」

平次はついに痺れを切らせて、不機嫌も露わな声音で呟いた。
しかし和葉は相変わらず彼に背を向け、一言も話そうとしない。

「せやから、悪かったってさっきからなんべんも謝ってるやろ。」

そこでようやく和葉が硬直状態に入ってから初めて口を開いた。

「悪いとも思ってへんのに、謝らんといて。」


そのあまりの刺々しさにさすがの平次も目を丸くした。
いつもならもう折れても良いはずのタイミング。
どれほど自分が無茶を言って怒らせても、最終的には受け入れてくれる和葉。
今日もそうだと、思っていたのに。
今和葉が身に纏っているのは柔らかな雰囲気とはほど遠いもので。

「和葉?」

訝しむ平次の声。
それが余計に彼女を憤りを発生させるなんて、彼には全く理解できない事なのだろうけど。 それでも今日の和葉はその怒りを効率よく発散させる術を持たなかった。
彼女が怒りを覚える相手は彼ではなかったのだから。






『あぁ!もうアホみたい!結局平次と喧嘩してしもて。
 ・・・今日くらいは平次がゆっくりと休めるように大人しくしとこ、思てたのに。』

昨日まで3日間岡山に行っていた平次。
もちろんそれは彼が大好きな事件の依頼を受けたから。
3日前の突然届いたメールを開ければ、 映っていたのは何とも平次らしい素っ気なくかつ簡潔な文章で。

 “岡山からの事件依頼が入った。明日の映画は行けへん、すまん。”

果たしてこれをまともな意味を持つ文章と呼ぶのかどうか、甚だ疑問なのだが・・・。
平次にしてみれば事件が入った時点で和葉との約束など、 二の次、酷ければ三の次なのだから問題ないのだろう。

『ほんま、あほみたい。』

平次が、ではない。
彼が自分より事件を優先する性分だと知っていながら、約束をすっぽかされるたびに怒り、 事件はたまた彼に依頼をした人に届かぬ不満を抱く自分に、だ。
今回など考えてみればむしろ良かった方かも知れない。
少なくとも約束の前日に断りを入れてくれたのだから。
待ち合わせ場所で数時間待たされてドタキャン、なんてことも。 ・・・決して少ないとは言えない。そんな彼だから。
だから今日こそは怒りに任せて彼を罵る事なんてせずに、 自分でも鬱陶しいと思うほどに愚痴を言ったりなんてせずに、 彼のご帰還を迎えようと思ったのに。

どうしてか、自分には出来ないらしい。

彼のほんの些細な態度に言葉に、振り回されている自分を。 駄々を捏ねる子どものようだと、馬鹿みたいだと何度思ったか。
それでも止められない自分の学習能力のなさを何度呪った事か。
でも、それでもやはりこの感情ばかりはどうしようもない。そう思う。

『分かってる。
平次が小さい頃からおっちゃんや大滝さんに憧れてるのも、工藤君をライバル視してるのも、 未解決の殺人事件を野放しにしておかれへんのも・・・。それでも。』

『しゃあないやん。嫉妬、してしまうねんもん。
誰も悪いわけやないって分かってても納得できひん。 平次に怒ってもどうにもならへんって分かってても、』

嫉妬せずには、いられない。
平次に、事件とわたしの約束とどちらが大事か、 なんて訊いても仕方のない事。尋ねたところで結果は目に見えている。 そんな問い、自分がむなしくなるだけ。何の意味もない。
けど、嫉妬する事は、 わたしが望んでも会えない時に彼と会い話している人達を羨ましく思うのは自由でしょう?
意味のない事だって分かっているけれど、それでも止められない、止めたくない。

『ほんまにアホ。』

けれど仕方がない、と和葉は思う。
所詮自分は平次なしでは生きられない、深海魚が海の奥深くでしか生きられないのと同じように。 あたしは平次という光が、目標がなければ生きる事は出来ない。
そう思うと恐ろしく情けなくなる。けれど。

『なんか、めっちゃ幸せな気分や。』

そう思うから。






平次は相変わらず反応を返さない和葉にもう詰め寄るような事はせず、ただじっとしている。
背中に全神経を集中させて。
それが余計に和葉を、恥ずかしく温かい気持ちにさせる。

さて随分と意地を張ってしまったこの喧嘩をどうやって乗り越えようか。
結構難しい課題である。
しかし和葉の頬は少し緩み、その間からは小さな微笑みが漏れている。 その様子を気配で感じ取ったのか、平次の肩が僅かに揺れた。
大丈夫、と訳がありそうでない事を、しかし自信たっぷりに和葉は口ずさむ。
後ろの鈍感キングの彼が自分の真意に気づいてくれるとは思わないけれど、
完全に仲直りをするためにはもう二,三度言い争いをしなければならないだろうけれど、
それでも今は光が見えるから。

土曜日の昼下がり。寝屋川の服部宅に絶妙な掛け合いが響くのはもうすぐ。




5000Hitフリー配布は終了しました。  By 蔡岐

宿花 , " 相変わらず馬鹿馬鹿しい " …「何でもありな100のお題」より 】