冬休みの過ごし方 「きゃっ!」 高校入学からの歩き馴れた道で、 本日何度目かの和葉の悲鳴を(悲鳴というのかはおいといて)平次は聞いた。 「・・・おまえほんまに鈍くさいなぁ。」 呆れながらも平次の腕はしっかりと和葉の体を支えている。 寝屋川市にこの冬一番の寒さ襲い、 本来ならさっさと家に帰り炬燵で丸くなっているはずの自分たちが 何故今こんな冷風が容赦なく当たる場所にいるのか、 さっきから平次の頭にはそれしかなかった。 理由は分かりすぎるほど解っているのだが・・・。 「平次、平次!雪やで!雪が降ってる!!」 2学期の終業式が終わり終礼が終わり、いざ帰宅という時に 和葉が窓の外を見てそう平次に告げたからだ、満面の笑みを浮かべて。 それを聞いたクラスメイトも口々に騒ぎ出し、・・・ 【放課後グラウンドで雪合戦】という案が出るまでにそう時間はかからなかった。 元々大阪では雪はあまり降らない、降ってもすぐに止み積もらない。 そんな中で今年の雪は紛れもなく豪雪の部類に入るもので尚かつ既に止んでいて 子供たちが雪だるまや雪合戦をするにはもってこいの状況だった。 もちろん当初平次はこの案に反対した。 “こんな気温がマイナスになりそうな日に外でしかも雪触るなんぞ、自殺行為やぞ!”と。 何が自殺行為なのかは推して知るべし、もちろん平次本人の事ではない。 平次は和葉に言ったのだ。 しかし最終的に、やっぱりと言うかなんと言うか、平次は諦めた。諦めるしかなかった。 『あんな顔されたらどないして断ったらええねん!』 賛成派の筆頭は和葉で、なかなか折れない平次に怒ったのか微妙に潤んだ瞳で睨み上げ、 もとい見つめられて平然としていられるほど平次はまだ心ができてはいない。 しかもその後、賛成多数で可決された時にあんな笑顔を見せられてしまっては 抜け出してさぼる事もできない。 結局、雪合戦開始から1時間経って解散するまで 平次は和葉に付き合い雪玉を作らされる羽目になったのだ。 「うっ、わぁ!」 と、先ほどまでのやりとりを思い出して少しボーッとしていた平次は、 和葉の驚いたような声で現実に引き戻された。 とその時・・・ ズルッ 「おわっ!」 ドスゥン! スゥ〜〜〜・・・ 平次と和葉はものの見事に急な坂をしりもちをつきながら滑り落ちた。 物思いに耽っていたせいで帰り道の途中に 解けた雪が抜け出す隙間も溝もない坂道があるのを完全に失念していたのだ。 坂の上から人が滑り落ちてきた事に 店先で雪を流そうとホースを握っていた店番のおじさんは苦笑していたが、 「気ぃつけなあかんで。怪我するとせっかくの冬休みが台無しやで。」 と言ってスカートとズボンにべっとりと付いた雪の残骸を払い落とすタオルを貸してくれた。 顔馴染みにおじさんにお礼を言って再び、今度は慎重に歩き出す。 「うわぁ〜。制服ビショビショや・・・。」 「アホか、ボケーッとしとるからじゃ。」 「よう言うわ!平次やって滑ったくせに。あんたの制服かって氷でぐしょぐしょやで?」 「おまえよりはましじゃ!さっきから何度も転けそうなっとったやんけ! 俺が助けたらんかったら今頃スカート泥だらけやろな。」 「なっ!!そんな何度も滑ってへんもん!平次のアホ!」 「何で俺がアホやねん!アホはおまえや!」 「なんやてぇ!」 「ほんまの事・・・げっ!また降って来よった!」 「ほんまや、結構降ってきたね。」 「こら和葉、はよ帰んぞ。これ以上寒なるとかなわんわ。」 「平次・・・あんた冬休みなったら部活以外ずーっと家から出えへんつもり?」 和葉もなんだかんだと言いながら平次の意見に賛成のようで、 二人はいつもの会話?をしながら服部家への家路を急いだ。 「おかん、帰ったで。」 「お邪魔しまーす。」 「二人ともお帰り、ずいぶん遅かったなぁ。」 そう言いながら静華が台所から出てきて、そして驚いた。 「和葉ちゃん!どないしたん?そないに濡れて・・・。」 「えっと、帰る前にみんなと雪合戦してて、だから・・・。」 和葉が少し小さめの声でそう言うと、平次が不服そうに声を上げた。 「和葉、正直に言えや。帰りの駄菓子屋の前の坂んとこで滑って転んだんやろが。」 「なっ!?そんなん平次もやんか。」 「アホ、俺はおまえの馬鹿でかい声につられたんじゃ。」 和葉がそれに反論しようとしたがその前に静華が平次の頭を叩いた。 「おかん、なにすんねん!」 「それはこっちの科白や。和葉ちゃんになんて事言うの。 さ、和葉ちゃん。こんなしようのない子はほっといてええからはよお風呂入っといで。 そのままやったら風引いてまうわ。」 「おばちゃん!ありがとぉ。」 「そんなんええんよ。制服は洗濯機の横に置いといて。 後でこの子のんと一緒にクリーニングに持って行くわ。」 「え!そんな!いいです、そこまでしてもらうやなんて・・・。」 「いややわぁ、和葉ちゃん。遠慮せんといて。 ほんなら、着替えは後で持って行くからはよお湯に浸かって温まっておいで。」 「ほんまに有り難う。それじゃお風呂使わせてもらいます。」 「どうぞ。・・・平次、あんたもそないな所でずっと突っ立ってへんではよ着替えて来ぃ。」 それから今度は小声で平次に釘を刺した。 「いくら和葉ちゃんと一緒にお風呂入りたいからて、 覗き見なんかしたら・・・わかってるやろね。」 そして、さらに声を潜めてとんでもない事を平次に耳打ちした。 「まぁ、・・・こそこそ覗くんやなかったら考えたってもええわ」 「な!!!何言うてんねや、オバハン!」 平次の怒鳴り声に風呂場に入りかけた和葉が振り向いた。 「平次?おばちゃん、どないしたん?」 平次は元来の色のせいで遠目にはわからないが、赤くなっていた。 おそらく色白の人であれば全身から火が出ているように見えるだろう。 静華は息子のそんな反応に笑いをかみ殺しながら、 「なんでもないんよ。」 と言って平次を一瞥した後、また少し笑いながら台所へ戻っていった。 和葉の方もとても楽しそうな静華と憮然とした表情の平次のやりとりが気になるようだったが、 自分の体の冷え具合の方が重要だと考えたのか、首を傾げながらも脱衣所にきえていった。 後に残された平次は静華の言葉の余波でしばらく動けなかった。 そして、ようやく落ち着いた頃、静かに嘆息した。 『はぁ〜、あのオバハンショーもない事言いおって。 ・・・けど、和葉楽しそうやったなぁ。あの様子やったら風邪も引いてなさそうやし、 どうせ明日も雪降るやろから、積もったらどっか連れてったろか。』 口ではめんどくさいやら寒いやらを言いながらも 平次は和葉の笑顔を見られればそれで何もかもいいらしい。 結局のところ平次も和葉にかなりあまいという点では静華と同じだという事を本人は全く気づいていない。 雪合戦の時の和葉の笑顔を思い出して平次は満更でもない気持ちになり、 誰に言うでもなく一人納得しいた。 「ま、ええか。」 今年もそうやって過ぎていく。 |