突風はいろんなものを運んでくる。 流れるなら、彩雲のように その日、佐助は下校途中のスーパーで買い物をしていた。 「やっほー、しーちゃん」 「……珍しいね」 慶次がスーパーにいるなんて。 しかもこの時間に。 言いたかった言葉を飲み込み、無理に眉間に皺を作る。 「俺は、しーちゃんなんて呼び名、許可した覚えないんだけど」 「堅い事言わない言わない」 笑いながら見当外れな答えを返す慶次は、米粒ほども乙女の思考を分かっていないに違いない。 ああ、まつさんっていつも苦労してるなぁー。 一年上のまつ先輩には日頃から尊敬の念を抱いていたが、もはや崇拝に変わりそうな勢いだ。 大飯ぐらいの彼氏を持ち、さらにその破天荒な甥の食の世話までして、ましてそれが自らの幸せだとまで言い切る彼女の笑顔には、後光の光もかすんでしまいそうな気がする。 ま、何が言いたいかってぇと。 まつさんの爪の垢煎じて、一部のクラス男子に飲ませてやりてぇ!! とりあえず、そういうことだ。 そうすれば、少しは家事の大変さが分かって、日頃の文句も減る気がする。 話は戻る。 「俺が嫌だって言ってるの」 「かわいいじゃん」 「どこが」 「え、忍ちゃんの方がいい?…言いにくい」 猿飛でいいじゃん。 思ってることは言わない、返される答えは決まっているから。 「苗字なんて他人行儀だし」 いや、他人でしょ俺たち。 「佐助ってのもねぇー、可愛くないし」 そりゃね、一般に女の名前じゃないし。 心の中だけでつっこむのが、慶次と話す時の癖になっている。 彼をまともに相手したら体力消耗が激しすぎる、という理由からだ。 一通り必要な物と、旦那と大将の嗜好品を籠に入れ終わると、レジへ向かう。 なぜか慶次もそれについてきた。 「ん?何か買うんじゃないの?」 「んー、まつ姉のお遣いはここじゃねぇから」 「……ああ」 一番梳いている右端のレジに並ぶ。 前にはちょっと少し痩せたおばあさんが会計をし、小銭を出している。 ここは、この近辺でもっとも大きなスーパーだが、賢い主婦、まぁつまり節約好きのご婦人方は、少し離れた商店街に買い物に行くことが、ままある。 特に魚介類を購入する時に。 「今日委員会だっけ」 まつ先輩は文化委員で、たぶん委員内の書記だったはず。 会議が終わる頃には、めぼしい魚は無くなっているだろう。 「そう、だから俺が代わりに、ね」 「ふーん」 ただ飯ぐらい、食費は前田家から出ているので実際は違うのだが、じゃないらしい。 ん? ちょっと待てよ。 「なんで、スーパーにいるのさ」 後ろを振り返り見上げると、慶次は俺にまた笑い返した。 「しーちゃんの姿が見えたから」 「……あっそ」 冷淡に返すと、慶次は泣き真似をし出す。 笑い顔だからそれも全く効果なしだ。 「次の方ぁ〜」 「あ、はいっ」 呼ばれ、提げていたカゴを台に置く。 会計を済ませて辺りを見回すと、いつの間にか慶次はいなくなっていた。 「奔放だねー」 囚われることをしらぬ姿は、いっそ清々しい。 旦那に変なことを教えられるのは勘弁だけど、俺は決して慶次を嫌っちゃいないんだろう。 あれを心から憎いと思える人間も、かなり希少だろうけどさ。 そんなことを思いながら、店を出る。 西の空に傾いた日が黄色い光で、空を覆ってゆく。 さて、旦那が部活終えて、お腹グーグーッ鳴らして帰ってくるまで、後1時間ちょっとってとこだろう。 それまでの動きを頭で簡単にシュミレートしながら、帰り道を歩く。 たまには、風に付きあうのも悪くない。 なんて、絶対に本人には言えないことを思った。 |