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散り落ちて変色した花びらを、拾う人がいた。




 ― 幾度、思っただろう

 ― 俺は、誰よりも醜い人間だった

 ― それでも・・・・



「さすけっ!!」

ぼんやりと嵐の過ぎた空を見上げていた。
空の頭にその声は酷く大きく聞こえて、思わず耳を塞ぎたくなる。
振り返れば、やはり思った通りの人物がそこにいて、 それをみとめて笑いたくなる反面、酷く腹立たしいことだと思った。
死体だけしかいないこの場に、彼の人の存在はやけに浮いていて、 そこだけ清々しい空気が充満していて、少し気味が悪かった。

(どうして、ここにいるの)

「佐助」

心の中だけの呟きは、未だ輪郭の判然としない主には聞こえるはずもないのに・・何故か、 旦那は起こっているような声音で呼びかけてくる。
否、事実彼は怒っているのだ。
勝ち戦の後だとはいえ、周囲への警戒を全く欠如さしていた、さっきの己の姿を見て。
忍びには、・・・あるまじき事だ。

「佐助!休んでいろと申したではないかっ!」

(・・・なんだ、そっちか。)

一気に脱力した。
それでは、そんな阿呆らしい事を言いにわざわざ来たのだろうか。
真田幸村。彼の事を考慮すると、それも強ち間違っていなくて怖い。

「佐助っ、聞いておるのか!?」

「あー、はいはい。聞いてますよ。それで?」

「むぅっ、」

おざなりに扱われたと思ったのか、旦那はぷうっと子どもみたいに頬を膨らませた。
奇妙だった。
あまりにも背景と合致していない。

「何をぼうっと突っ立っておるのだ。お館様もお待ちであるぞ!」

だから早く帰ろう、彼はそう言いたいのだろうか。

(何を、言っているんだろう・・・)

何を勘違いしている?
忍びに帰る場所などない、あってはならない。―――それは忍びを捨てる行為に他ならない。

俺は急に不安になった。

「旦那、」

それが弱々しい声となって旦那に耳に届く。
彼は少し困ったような悲しそうな顔をして「帰ろう」と言って俺に手を伸ばした。

幸村の思い違いが、・・・・・怖い。
忍びは主に逆らえない、俺は旦那には逆らわない。
幸村は幼い頃から世話をされてきた故か、それとも元来からの性質か、 佐助を完全に信用している。疑っていない。疑念を持つ、ということを知らない。

(そういう人なんだ、)

だから、自分達はこの人に仕えようと思った。
けれど、・・・・

それがいつか主従という関係を壊してしまいそうで、恐ろしい。
その恐怖がどこから来るのか何を意味するのか分からないけれど、 ただ嫌な予感がゆっくりとこの身を炙っていくのを感じる。

(気づいた時はもう手遅れ、って?)

冗談じゃない。

(俺は負けない・・・・俺のためじゃなくて、旦那のために。)

そのころはまだ、そう思っていた。



 ― 気づいた時は、もう遅くて・・

 ― 濃すぎる蜂蜜色の瞳が、

 ― 俺の魂に染みついて離れなくなっていた


date:2007/05/10   by 蔡岐

Lanterna , "散り落ちて変色する花びらを、拾う人がいた。"…「物語の終わりを伝える10題」より】