治まらない動機…… 絶え間なく耳を苛む機械音だけがやけに大きく聞こえる………… 隣で沈黙を保っている男の顔を盗み見ると………… そこに張り付いていたのは……………… 花曇りの陽気 「やったっ!俺の勝ちね!」 「ぐわぁぁぁぁあああっ!申し訳御座いませぬ、お館様ぁああっ!!」 奇声を発しながら、ごてんと床に転げ落ちた幸村。 佐助は勝ち誇った会心の笑みを浮かべ、それをのぞき見た。 「だ〜んなっ、」 「うぐっ」 「約束、覚えてるよね!」 「さ、佐助もう一回!もう一度だけ勝負してくれっ!!」 「ダメです!そんな事したらタイムセールに間に合わなくなるじゃん」 付き合ってくれるって、行ってましたよね。 にこりと笑むと途端に難しい顔をして「確かに、……いやしかし」とぶつぶつ呟いている。 ゲーセンの勝敗でここまで真剣になれるものだろうか、 (無理だな、) 佐助は瞬時に答えを導き出した。 このちょっと方向性を間違えた熱血ぶりは幸村の持って生まれた性格ゆえ、だ。 「こんなのが二人もいたんじゃ世の中大変だ……」 「うむ?」 「あっ、聞こえてました?」 「うむ、……では佐助。今度でいいからもう一戦付き合え」 ようやく平静に戻ったかと思えばまたこれだ。 「えー、何。また何か賭けるの?」 「ん?別に何も賭けぬ。荷物持ちくらいいつでもやるぞ?」 「女性にそんな重い物は持たせられん!」と迷いなく断じた。 「…………あっそ、」 まあ確かに、断られた事はなかったけれども。 今日、下校時の寄り道など数えるほどしかした事のない幸村とゲーセンへ行ったのは他でもない。 彼のクラスでそう言う事が話題に上ったから。 硬派に見られがちだが、この男は以外に何でも器用にこなす。 ……と言っても、身の回りの事はからきしダメで、 概ね勉強だったりスポーツだったり、ゲーム操作だったりするわけだが。 そしてゲームセンターなど何処にあったかな、 などと土地勘ゼロの問答を一人で繰り広げていたところに佐助が通りかかったというわけで。 付き合ってもらうのだから、御礼はする。 と言った幸村の好意に甘えて、自分が勝ったら買い物に付き合う。 そして幸村が勝ったら明日の弁当の具を好きな物にする、という約束もついでに取り付けた。 「それに、佐助の料理はいつでもなんでもうまい」 「………………」 少しも恥ずかしがることなく、公衆の面前で何を言い出すのかこの男は。 「お昼を相伴に与っている身でそんな事は言わぬ」 と条件を呑まなかった幸村に、それじゃあ俺様が後味悪いとやや強引に押し切った約束。 もちろん味と栄養バランスを考えつつ、二品は絶対に旦那の好きな物を入れてはいるのだが……。 「……わかりました、また今度ね」 「うむ!佐助、セールはまだなのか?」 「え?……やばっ、そろそろ始まっちゃう!走るよ旦那」 「おう!!」 気恥ずかしさも手伝ってかいつもより速いペースで風が横切ってゆく。 実は、まだ時間には余裕があるのだけれど。 ちらりと後ろを振り向くと、 幼い頃から見知っている、けれど姿はもう完全に大人の見知らぬ青年。 視線に気づいたのか、にっこりと笑みを浮かべる顔には汗なんか微塵も出ていなくて、 ちょっと息が上がりかけている自分との差に理不尽さを感じるけれど。 でも、それでも良いかと思えるくらいには、 やっぱり自分も旦那に負けず劣らず馬鹿な気がする。 あわせて笑い返した。 「間に合ったようだな、」 「うん、ごめんね旦那」 「ん?何故謝るのだ。大方は俺の胃袋に入るのだから、気にする事はない」 (またそう言う事を照れもせずに……) 時々本当に純情なのかどうなのか、わからなくなる。 この前、伊達ちゃんも一緒にスーパーへ行った時は 「おいてめーら、何新婚の真似事してんだよっ!」と切れられた。 速攻口を塞いで旦那を誤魔化すのにしんどかった。 (まったくさ、この人はそんな気これっぽっちもないってのに……) いつも意識しているのは自分の方だけだ。 恋愛という言葉だけで身を引き全身で拒絶する幸村に、 恋煩いなんていう殊勝なものがいつか備わる日が来るのだろうか。 (きて欲しいような、欲しくないような、) 母親兼姉兼幼馴染みとしては複雑な心境なのは間違いない。 この人の成長を純粋に喜べてた時期に戻りたい。 「佐助佐助、」 「………ん、えあごめん。何」 「?大丈夫か、そろそろ始まるようだぞ」 「あ、うん。じゃ行こっか」 日替わりセール開始5分前の合図が遠くから聞こえる。 この店は品揃えも良く値段も安いため、セール時には主婦達の戦場と化す。 早いとこ目当ての品の前にいないと、あっという間に人混みに流され揉みくちゃにされてしまう。 佐助は一度だけそれを味わった事があり、その恐怖な2年以上経った今も消えない。 「旦那は、小麦粉とグラニュー糖と卵、あとハムお願い」 「わかった!」 旦那には出来る限り激戦区から離れて動いてもらうに限るだろう。 母ほど年の離れた女性達に囲まれて右往左往し、終いに鼻血を吹き出されでもしたら堪らない。 「じゃあ、」 「うむ!………あぁ、佐助!」 それぞれの持ち場へと向かおうとした矢先。 「言うのを忘れていた……」と腕を掴まれ、そのまま向きを変えられる。 「ちょ、だん――」 「その髪飾り、きれいでござるよ」 「…………………………はっ」 にっこりと極上の笑みで言われた言葉を理解したのは、 旦那がすでに調味料うんぬんのコーナーを曲がって消えた後だった。 (……最悪、だっ) この後には最大の競争場、魚介コーナーでの戦いが控えているのに。 「最悪っ!!」 佐助の叫びは一瞬にして周囲の熱気の中に消えていった。 そして、それを見届ける前に校則より少し短めのスカートを翻し、 佐助は大股で激戦の火蓋が切られようとしている生鮮食品コーナーへの角を曲がった。 絶対、意地でも勝利してやる!と意気込みながら。 |