気づかれちゃいけない、 そう思った。 ………そのはずだった。 私はいつからこんなに我が儘になったんだろう…… とめどない、とめどない、とめどない、想いを 「ただいまー」 「「おかえりなさい!」」 今日も哲平と玄関の前で、ハモり伝える先生への言葉。 先生と暮らし初めてから哲平はまた毎日笑うようになった。 つられて私も笑う。 そんなわたし達を見て、先生が嬉しそうにふわっと笑う。 幸せすぎて不安になるほど、この生活が大好き。 「鉄兵くん!!」 「まーくんっ!!」 ひしっ、と抱き合ってお互いの頬をすりすりする光景は何度目だろう。 いっしょになって、笑い合っているのは。 先生が鉄兵にご褒美の飴をあげて、鉄兵がはしゃぐ姿は・・・・。 先生はわたし達に溢れるほどの愛情を向けてくれて、 鉄兵の笑顔を引き出してくれて、凍えていた私の心を溶かしてくれた。 どれだけありがとうを言っても言い足りないほど、たくさんの大事なものがふえていく。 時々それが酷く不安を誘う。 「ただいま、文乃さん。」 「・・・おかえり。」 「?どうしました、元気がないような・・」 「っな、なんでもないなんでもない。」 「そう、・・ですか?」 怪訝そうな先生にコクコクと首振り人形のように頷く。 首を傾げながら、夕食を作りに台所へ行った先生に安堵する。 この感情は、きっと、絶対、悟られてはいけないものだと思う。 居場所がなくふらふら彷徨っていたわたし達を迎えて入れてくれたことが嬉しかった。 たくさんの望みや願い事を叶えてくれて、 私と鉄兵の笑顔を喜んでくれて、一緒にいたいと言ってくれる先生が大好き。 ・・・けど、そんな先生に私は何も返せない。 不器用で短気ですぐに手が出る、おまけに頭も良くない。 いつも厄介事を起こして先生に迷惑をかけてしまう。 先生が大好きで、嫌われたくないのに、私はいつも先生を困らせる。 ・・・だから、せめてこれ以上負担にならないようにわたし達の関係は絶対に秘密。 誰にも知られないようにしなきゃ、ってそう思ってたのに。 わからなくなってきた。 クラスの女子が先生と翔馬君を比べていた時、 腹を立てながら、それでも先生のかっこよさを自分だけが知っていることにうれしいを憶えた。 私は先生と住んでいてみんなの知らない先生を知っているんだと、心の中で胸を張る。 知られたくないのに、知られて良いはずないのに・・ いつの間にか、私は。 「文乃さん?」 「ぎゃっ!!!」 突然、にゅっと頭上から覗き込んできた先生、の顔が度アップ!! 「夕飯できましたけど、本当にどうしたんですか?」 「なななななっなんでもっ!!」 はあはあ、と呼吸を整える。 あ、危なかった、本気で心臓に悪いよ先生。 「ブンちゃ、どしたの?」 「鉄兵・・」 心配そうに見上げてくる鉄兵に、ぐっと言い訳に詰まる。 うるうると大きな目を潤ませて、「どこか痛いの?病気?」と尋ねてくる。 なんか、これは・・けっこうヤバイ状況? 気がつくと、すでに食事の用意は全て終わっていた。 目の前には、いつ置かれたのかお茶碗もお箸もきちんと並べられている。 まあ、わたしの場合、夕飯時はいつも待機状態だからあれだけど・・・ 「鉄兵ってほんと器用だねー」 しみじみと呟いてしまった。 「文乃さん」 「え、」 顔を上げると先生がちょっと苦笑してて、「先生?」と尋ねても何でもないと言われた。 いやいや、違う! これは絶対呆れられたっ!? ズゥーーーンッとという効果音と共に、一気に気持ちが沈む。 「ブンちゃ・・」 「う?・・え、てってっぺいなんで泣きそうなの!??」 小さな呟きに横を見ると、鉄兵が今にも泣きそうになっている。 なんでだぁーーーー!? 心の中で絶叫して、慌てて鉄兵を抱きしめた。 「大丈夫、だいじょうぶだから。」と髪を撫でる。 鉄兵は俯いたまま、顔を上げない。 ど、どーしよー・・ 「鉄兵くん、大丈夫ですよ。文乃さんはちょっと考え事をしていただけなんですよ。」 先生が鉄兵を慰める。 ってか、やっぱりわたしが原因・・? 先生の言葉が届いたのか、 鉄兵が恐る恐る私を見上げていて、わたしはにっこりと笑顔で頷いた。 途端に顔を輝かせる鉄兵。 うっ・・・ほんと、お騒がせな姉でごめんよ、鉄兵。 「ブンちゃ、げんき?」 「うん、元気だよ。心配かけてごめんね。」 「さて、誤解も解けたところで夕食にしましょう。」 その一言で、鉄兵が「はーい!」と返事をした。 ちなみに、今夜の献立は肉じゃがと豆腐のおみそ汁だった。 「文乃さん」 「何?先生。」 お風呂上がり、鉄兵はもう一足早く布団に入りにいった。 「大丈夫ですか?」 「え?」 「さきほど、ずっと険しい顔をしていましたよ。」 「・・え、と。」 さきほど、・・夕食の時の話かな。 険しいって、そんな凶悪な顔してたの!? 考えていた事が事だけに、更に凹む。 「文乃さん」 先生がひどく真剣な表情で私の名前を呼ぶ。 ダメだよ、先生。 そんな風に呼ばないで、また私はわからなくなる。 「なんでも、ないの。学校の事とか、その他諸々考えてて・・」 「・・・・・・そうですか。」 そう言って少し目を瞑って、次に目を開けた時には元の先生だった。 なんだろう、私の話を聞いた時、一瞬先生の表情が消えたような。 「何かあったら相談してくださいね。」 いつものように、優しく笑いながら頭を撫でられた。 「うん。」 ゆったりと動かされる先生の手にほっとしながら、こくりと頷いた。 先生のあったかい笑顔が好き。 何でもそつなくできるけど、でも手を抜いたりしないところが好き。 毎日遅くまで、明日の授業の準備をしている、仕事熱心なところが好き。 少し意地悪だけどそんなところも、私はきっと・・・ だから、自慢したいと思ってしまう。 こんなに先生はすごいんだよって、みんなにわかって知ってほしいと。 それは、絶対に言ってはいけない事で、私が言うべき事でもなくて、 でも衝動は後から後から湧いてきて、決心を揺さぶる。 私は、おかしい。 みんなに先生の頑張りを知ってほしいと思うのに、 もう誰にもこれ以上先生の事を知られたくないとも思ってる。 自慢したいのに、独占したくて。 でも、それ以前に先生は私のものなんかじゃないって事も、わかってるはずなのに。 矛盾する思い。 時々、押しつぶされそうになって、そんな時は胸がすごく苦しい。 本当の病気みたいだ。 でもね、先生。 それでも、私は幸せだよ。 先生と一緒にいられて、鉄兵が笑ってくれて、本当に本当に幸せ。 だから、相談はもう少し待ってください。 私だってすっごく恥ずかしいんだから。 |