『Telephone line (pre「眼鏡」)』
GWの余韻もすっかり覚めた5月半ばの土曜の夜。
俺の家のリビングで、ティーカップを前にゆったりと寛ぐ蘭。
ふと見た時計は丁度23時を告げた所。
そろそろ恋人タイムだと思うんだが、隣に座った蘭はさっきからお喋りに夢中。
楽しげに笑ってる。
蘭とは大学が違っちまったから、今までみてぇに毎日のように会うってワケにはいかねぇが、
その代わりに、週に1度の外泊をおっちゃんから勝ち取った。
それが今日なワケだ。
なのに、俺の事なんか眼中にないらしい。
「……そうそう、さっき新一に聞いたんだけど、服部君が眼鏡掛け始めたらしいよ?
『平次が?』
うん。あたしはまだ見た事ないんだけど。
『……おととい電話した時には何も言うとらんかったけど、視力落ちたんかな?』
ううん、そうじゃないみたい。ねえ、新一?」
いきなり蘭が振って来た。
『最近、服部が眼鏡を掛けてる』と話したのは、今日の夕食の時。
春から東京の大学に通い始めた服部と、地元の大学を選んだ和葉ちゃん。
遠恋になった2人のために、それぞれの近況を伝えるのが、最近の俺と蘭の間の重要な会話。
俺は同じ大学に通う服部の事を。
蘭は電話やメールで知った和葉ちゃんの事を。
お互いに情報交換して、2人に提供してる。
ちょっとばかりお節介かもしれねぇが、当人同士じゃ話さない事や気付かない事もあるし、
傍にいられねぇ分、心配な事だってあるだろう。
あいつらのケンカは日常茶飯事らしいし、傍から見ててもただじゃれてるみたいなモンだけど、
やっぱり顔の見えねえ会話ってのは誤解を生みやすいから、フォローは必要だしな。
その中での今日の最大の話題は、服部の眼鏡の事。
蘭はお決まりの和葉ちゃんとの電話の中で、その話題を持ち出した。
「ああ、気分転換だって言ってた」
「気分転換だって。青いフレームのやつだよね?」
これも俺宛だ。
今回は頷く。
『……工藤君おるし、アタシお邪魔やろ?』
「そんな事ないよ。新一なんていいって」
俺はよくねぇ。
せっかくの2人きりの時間、もっとこう、あま〜い展開に持ち込みてぇんだ。
「でも、服部君が眼鏡かぁ……。
『サングラスならたまに掛けとったけど……』
サングラス?
『うん』
服部君がサングラス……何か迫力ありそうだね。
『そうなんよ。サングラス掛ける時って、ちょお機嫌悪かったりするから、
余計に怖いオニイサンっぽくなってもうて……』
あははは。何かわかるなぁ……」
……話は尽きないらしい。
「でもさ、眼鏡だったら、今よりもっと格好良くなりそうだよね?
『そうかなぁ?』
なるよ、絶対!何て言うかなぁ……こう、知的でクールな感じがプラスされるって言うか……」
いや、あんま変わってねぇと思うぜ?
『あの平次やで、蘭ちゃん?』
「あの服部君だからよ!」
あの服部って、どの服部だ?
話が見えねぇ。
「そうだ!新一に写メールしてもらおうか。ねえ、新一?」
「いや、俺には無理」
即答する。
何と言われようと、無理だ。
普通に撮るくらいなら出来るだろうが、あの服部は無理だ。
何の為に撮ってるのかすぐ気付かれるだろうし、そうなったら絶対大人しく撮らせてなんかくれねぇ。
断言してもいい。
「もう!新一が一番近いのに!
『工藤君に無理言わんといて、蘭ちゃん』
近いうちに会えるかなぁ?その時は写メールするから楽しみにしててね」
『うん』
服部は、俺たちと会う時には眼鏡は掛けねぇと思うぞ。
眼鏡を掛けた理由を聞いたワケじゃねぇけど、多分掛けねぇ。
「そうだ!昨日園子がね〜」
蘭と和葉ちゃんの電話は終わりそうにない。
和葉ちゃんが埋まってるって事は、ヤツは空いてるって事だ。
俺も携帯を取り出して、服部に電話する事にした。
蘭と和葉ちゃんのホットラインはこれ以上なく強固で、ヘタな隠し事は出来ねぇって教えてやらねぇとな。
理由はそう言う事にしとく。
コール1回で服部が出た。
「よう」
『何や?姉ちゃんに振られたんか?』
「ちげぇよ!」
『あはは。土曜の夜にオレんトコに電話して来よるから、てっきり姉ちゃんに愛想尽かされたんかと思たわ』
「そいつぁオメーの方じゃねぇ?和葉ちゃん、蘭に取られてるぜ?」
『お互い様やろ?』
相変わらずの服部。
軽いからかいはあっさり返されて、いつものように痛み分けになる。
『……せやけど、さっきから話し中なんは、姉ちゃんが相手やったんか』
繋がらない電話に、いらねぇ心配してたんだろう。
服部の声に、どこかほっとしたような響きが混じった。
「何だ?和葉ちゃんが恋しくなったか?」
『違うわ!ちょお頼み事があっただけや!』
ちょっとつついてやったら、噛み付くように返された。
その反応が面白くて、声を殺して笑う。
それに気付いたのか、携帯の向こうで服部が大きなため息をついたのがわかった。
『まあ、メールでもしとくからええわ』
「けどよ、ほっとくと暫く終わりそうにねえぜ?」
『しゃーないわな。オンナの電話は長いモンや』
「……だな」
俺の隣で、蘭が楽しそうに笑う。
携帯の向こうでは、和葉ちゃんも笑ってるんだろう。
服部に気付かれないように、小さく息をつく。
多分、服部も今の俺みてぇに、ちょっと呆れた素振りをしながら、無邪気に笑う恋人を見ていたいだろう。
普段の服部は、微塵もそんな気配を見せねぇけど。
「そう言や、アレどうなった?」
『アレ?……ああ、この間のヤツか』
蘭の電話が終わるまで、無駄話で時間を潰してやるのが俺の優しさ。
感謝しろよ、服部。
結局は、和葉ちゃんがこっちに来るまで、蘭が眼鏡を掛けた服部を撮る機会はなかった。
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